2018年1月11日放送の「じっくり聞いタロウ」では、居酒屋を継いだら借金40億円を背負った湯澤剛社長が出演します。

 

そんな湯澤剛社長がなぜ借金40億を背負い、どんな借金生活をしていたのでしょうか?

また、どうやって居酒屋を持ち直したのでしょうか?

 

ということで今回は、湯澤剛社長の借金生活と、居酒屋を持ち直した理由を調査したいと思います。


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湯澤剛社長の借金40億はなぜ?どんな生活?居酒屋で返済した方法は?

湯澤剛社長 プロフィール

湯澤剛 借金
(画像引用元:https://denpyo-kun.com

昭和37年生まれ
昭和62年 大学卒業後、大手ビール会社に入社。
平成5年 企業派遣にて米国ニューヨークに留学。帰国後医薬品海外事業部にて渉外業務に携わる。
平成11年 実父の急逝により会社を退職し、株式会社湯佐和の経営を引き継ぐ。

完済には80年かかるという借金40億円を16年かけて再生し、現在は14店舗もの飲食店を営業しています。

 

また、この実体験をもとに著書「ある日突然40億円の借金を背負う-それでも人生はなんとかなる。」を2015年刊行して大ヒットしています。

湯澤剛社長の借金40億はなぜ?

湯澤剛社長は父が居酒屋チェーンで成功して豊かな生活を送り、自身は就職して結婚し、マイホームも手に入れ、子どもも授かったりと順風満帆な生活でした。

 

しかし、父親が急死後、やおむおえず1999年1月に父親の会社である居酒屋を引き継ぐことになりましたが、40億円もの借金がありました

 

会社は当時、33店舗で年商20億円あったが40億円の借金があり、そのうち28億円が地元の信用金庫から、残りの12億円がメガバンクからでした。

 

さらには税金や家賃など未払金だけでも1億もあり、当時は一ヶ月に元本と利息だけで、3千万円の返済があり、とにかく資金がまわっていないズタボロ状態だったのです。

湯澤剛社長の借金40億生活がヤバい!

借金返済でうつ状態

借金40億円でも妻や、義理の両親は励ましてくれて勇気をもらった湯澤剛社長ですが、毎日借金返済や未払金の処理をして、現場にもいけず、うつ状態となってしまいます。

 

そして、銀行をまわり、迷惑をかけた方々に頭を下げる日々の中、極度の疲れつ精神的に参り、駅のホームから落ちそうになるほどでした。

 

そのため、これではだめだと、とりあえず5年頑張ろうと決め、1,827日の日めくりカレンダーを作り、めくってその日が近づくのを確認することだけが、唯一生きる希望としたのです。

店舗が瀕死

うつ状態からなんとか現場を見られるようになりましたが、店舗は瀕死状態でした。

 

33店舗あるのに店長はわずかに2名だけ、店舗スタッフはモラルの低い人が多く、料理人が麻雀をし、タバコを吸いながら寿司を握っていたのです。

 

また、湯澤剛社長は何も分からない状況でかなり四苦八苦していたのでした。

リニューアルした店舗も上手くいかず…

33店舗のうち1店舗に絞り、20、30代をメインターゲットする小洒落た店舗にリニューアルをしますが、板前がお店でお客さんの隣でお酒を飲んだりするような酷いお店より売上が下がります

 

そのため、湯澤剛社長は店を出たお客様を尾行して聞いてみると、「あの店変わっちゃったよな」と言われ、若い女性のお客様からは「勘違いだよね!」と言われる始末だったのです。

 

実はもともとのコアなお客様である団塊世代の50~60代前半の男性が来ていたのにそれを手放し、しかもターゲットにした女性からも支持を得られなかったのでした。

居酒屋で返済した方法とは?

中高年をターゲットに絞った

ターゲットの失敗をもとに、コアなお客様である団塊世代の50~60代前半の男性をターゲットとし、客単価3000円程度の日常使いのお店にポジショニング切り替えました。

 

当時はこのようなポジショニングにある大手居酒屋チェーンも1社程度しかなかったので、上手く競合を避けることが出来たのです。

 

そして、小洒落た居酒屋に投資できない分、もともと中高年のお客様に支持されてきたという強みを活かしていきました。

 

また、中高年の男性が飲みに行くお店を選ぶ時は無難で行ったことのある2番手、3番手の選択肢でもいいとう考えなので、そこまで尖らず、3番手、4番手の店を目指していったのです。

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店舗を少なくした

通常は利益が上がれば増やすため、店舗を多くしますが、逆に店舗を少なくして3店舗分の利益をあげていました

湯澤剛 借金
(画像引用元:http://mgz.doyu.jp

店舗が増えると人の管理が増えたり、その立地によっての客層や料理、価格等と競争要因が多く、増やしても勝てて利益を挙げるには時間がかかり難しいです。

 

そのため、2店舗であげていた利益をお店を1つに集約して、閉めた店は安定した収益になるということで不動産として貸しました。

 

こうして売上も上がり、利益も1.5倍となり、場合によっては3店舗を1店舗に集約しながら利益は3店舗分の利益を上げることに成功したのでした。

安く新鮮な魚を卸して大手と差別化

魚の流通は通常、漁師から中央市場に魚を集めて、卸を通じてお店に入るまで普通は4~5日間かかります。

 

しかし、湯澤剛社長は大手では出来ない規模が小さいこそ出来る、朝に競りで落とされた魚をすぐに届ける方法で差別化を図ったのです。

 

湯澤剛社長の会社は県内の三崎と長井漁港に買参権を持ち、自社だけの物流を持っているので夜揚げた魚を朝に競りで落とせば、今日中に届く程です。

 

それだけでなく、地方市場で仕入れる魚は種類もサイズもバラバラで、お店ごとの技術力が必要となり、大手には真似ができません。

 

そういった物流の速さでどこよりも新鮮で、また独自の物流のおかげで安く提供できることで、大手との差別化を図り小さいこそ出来る強みを活かしたのです。

湯澤剛社長の借金40億生活が壮絶!居酒屋で見事返済!

湯澤剛社長はいきなり父親の借金40億円を背負い窮地に立たされました。

 

しかし、そこから義理の両親や妻に支えられ、カレンダーをめくりながらボロボロだった居酒屋を立て直したのでした。

 

こういった40億円借金を背負ってもなんとかなるストーリーは勇気が湧きますね。

 

私も少しでも湯澤剛社長のように、窮地に立たされてもなんとか生き残る力と考える力を持ちたいと思いました。

せばな~