梅宮辰夫さんが6度の癌を患い、全て克服していたことが超人だと話題になっています。

 

そんな、梅宮辰夫さんの6度の癌とはどういったもので、どう克服されたのでしょうか?

 

ということで今回は、梅宮辰夫さんの癌克服歴を紹介したいと思います。

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梅宮辰夫がん克服歴!辰兄は6度の癌で激やせ!

梅宮辰夫のがん克服歴

1974年:睾丸腫瘍・肺がん(1、2度目)

梅宮辰夫さんは1974年に睾丸腫瘍で「余命3ヶ月」、ガン細胞が肺にまで転移する深刻な状態の病気を患います。

 

睾丸腫瘍の診断を受けた際に見つかり、ガンの治療は外科的な処置はせず、祖母の判断により放射線治療ととなり。

「人の3倍」の放射線を梅宮辰夫さんは浴びたとのことです。

 

しかし、梅宮辰夫さんは副作用の脱毛が全く起こらず、主治医が驚かせていたのです。

 

その後、梅宮辰夫さんは夜遊びを止め、酒を減らし、早起きして料理に励んで後の料理人として活躍と、健康な体を保とうと努めたのです。

2011年頃:胃がん(3度目)

梅宮辰夫さんは2011年から2012年頃に胃がんを患いました。

 

しかし、初期の胃がんだったこともあり、手術を行って転移も見られずに克服しました。

2016年7月:十二指腸乳頭部がん(4度目)

梅宮辰夫さんは2016年7月に「十二指腸乳頭部がん」で手術を受けていたことが報道されます。

 

2016年7月10日に病院に行って明らかに黄疸の症状が出ているので検査したところ、十二指腸乳頭部がんが判明しました。

 

そして同年7月27日に十二指腸と胆嚢を全摘するなどの大手術で、11時間にも及んだのです。

 

幸い、早期発見だったため、医者からは3カ月で完治すると言われ、主治医が驚くほどの回復ぶりを見せたのです。

 

しかし、十二指腸乳頭部がん術後は体重が10キロほどダウンし、痩せていたのです。

 

確かに、2017年頃から顎周りが痩せてきている兆候がありました。

梅宮辰夫 激やせ
(画像引用元:https://www.sponichi.co.jp

上記が2017年の梅宮辰夫さんですが、若干頬がこけて痩せてきていることが分かります。

 

そのため、2016年に8つ合併症や十二指腸乳頭部がんと立て続けに病気にを患ってきたことで、徐々に痩せてきたのでしょう。

2018年9月:前立腺がん 2019年1月:尿管がん(5、6度目)

梅宮辰夫さんの娘の梅宮アンナさんが「週刊新潮」にて、2018年9月に前立腺がん、2019年1月に尿管がんの手術を受けて克服していたことを告白しました。

 辰夫は昨年9月、前立腺がんでは体に負担の少ない手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を使用した手術を受け、約1カ月で退院。今年1月、術後の経過観察で尿管がんがみつかり、同24日に手術で左側腎臓を摘出。3月1日に退院するまで約40日の入院生活を送った。

引用:梅宮辰夫、前立腺がん&尿管がん手術受けていた 梅宮アンナが緊急会見

しかし、前立腺がんでは1ヶ月で退院、尿管がんの時は約40日間の入院生活を送って退院して克服したのでした。

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梅宮辰夫が激やせか画像比較!

梅宮辰夫さんは2018年12月13日放送の「ダウンタウンDX」に出演しましたが、その激やせぶりに視聴者から心配の声が出ました。

梅宮辰夫 激やせ
(画像引用元:https://pbs.twimg.com


梅宮辰夫さんはかなり頬が痩せており、喋りもかすれて調子が良くないように見えます。

 

実際にどれくらい痩せたのか、画像を比べてみると…

梅宮辰夫 激やせ
(画像引用元:https://pbs.twimg.com,http://www.officiallyjd.com

梅宮辰夫 激やせ
(画像引用元:https://pbs.twimg.com

若い頃以外はあんなにふくよかだった頬は明らかにこけており、激やせしていますね…

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梅宮辰夫 プロフィール

梅宮辰夫 現在
(画像引用元:http://www.officiallyjd.com

生年月日    1938年3月11日
出生地     ハルビン市
血液型     A型
身長      174 cm
職業      俳優・タレント・実業家
ジャンル    映画・テレビドラマ・バラエティ番組
活動期間    1959年~

 

大学在学中に銀座でスカウトされ、1958年の東映ニューフェイス5期生に合格し東映に入社します。

 

1959年に映画「少年探偵団 敵は原子潜航挺」シリーズで主演デビューし、他にも「遊星王子」等子供向けヒーロー映画に主演しています。

 

1964年の「暗黒街大通り」までは「アクション映画」や「仁侠映画」で硬派な役柄で活躍し、1965年からは「夜の青春シリーズ」等でプレイボーイ、女を泣かす役柄で活躍。

 

1960年代半ば以降は東映京都撮影所で「任侠映画」が増えて東映東京の看板スターとなります。

 

1973年からは「仁義なき戦い」ベテランの貫禄を出して活躍し、1975年の「前略おふくろ様」では渋く、1977年の刑事ドラマ「新・夜明けの刑事」で温厚な役柄と演技の幅を広げます。

 

さらに1979年には「スクールウォーズ」、他にも「はぐれ刑事純情派」「特命係長 只野仁」等のテレビドラマに出演し、名脇役ぶりとして活躍します。

 

またバラエティ番組にも「ダウンタウンDX」「ガキの使い」等とベテランながら何でもこなして許す愛嬌が人気呼び、現在も幅広い年齢層から認知される知名度を持っています。

梅宮辰夫がん歴!辰兄は6度の癌で激やせも克服!

梅宮辰夫さんは6度のがんを患って何度も命の危険性がありましたが、全て克服したのでした。

 

それから慢性腎不全で亡くなってしまいましたが、がんを全て克服するのはがん患者にとっては凄く勇気になったでしょう!

 

そんな梅宮辰夫さんのがんと戦った男気が語り継がれ、がん患者に勇気を与えてくれることを祈っています。

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