ウマルこと安田純平さんが解放されましたが、その後の取材によるコメントが炎上しました。

 

いったい、ウマルこと安田純平さんはどんなコメントをしたのでしょうか?

 

ということで今回は、安田純平さんについて、

  • 安田純平の解放後のコメントの内容は?
  • 安田純平の解放後のコメントで炎上した理由は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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安田純平さんの解放後のコメント炎上理由!ウマル荷物無いことに激怒でヤバイ!

ウマルこと安田純平さんは解放後の2018年10月24日にトルコ南部からイスタンブールに向かう飛行機の機内でNHKの取材に応じました。

 

以下がそのコメントの内容となっています。

ー今、体調のほうは大丈夫ですか?

大丈夫です。大変お騒がせして申し訳ないと思っています。体調は大丈夫です。

 

ー解放された今の心境は

非常にうれしいです。3年間、全く自分自身、前に進んでいないので、世の中がどうなっているか全く分からない状態です。これからどうなるか、どうしていこうか、全く分からない状況で、その辺の心配はあるんですけども。

 

ー非常に苦しかったですか?

それは地獄ですよ。身体的なものもありますけども、精神的なものも、きょうも帰されないと考えるだけで、日々だんだんと自分をコントロールできなくなってくる。監禁されている独房の中にいるという状況が当たり前の生活のように感じ始めていて、そのことに驚いて、そのことを感じること自体、非常につらいというか。

 

ー奥様とはすでにご連絡は取られたんですか?

いや、トルコ側の施設の中で電話などの使用は禁止されていたので全く誰とも話はしていないんで。

 

ー解放された瞬間というのはどんな?

荷物をすべて奪われたので、そのことがとにかく頭にきている。3年、40か月全く仕事も何もできなかったうえに、すべての資産であるカメラであったり仕事のための道具それまで奪われたというか、そこまでするかという。解放の瞬間はまずそれですね。

 

ー解放のときはどういう状態だったんですか?どなたが助けに来られたんですか?

助けではなくて、彼ら自身が車で国境まで運んできて、それでトルコ側が受け取って、そのまま23日入っていた施設に入れられたんですけど。

 

ーその時の気持ちとしてはどうでしたか。ほっとしたとか?

いや、とにかく荷物がないことに腹が立って、ということと、トルコ政府側に引き渡されるとすぐに日本大使館に引き渡されると。そうなると、あたかも日本政府が何か動いて解放されたかのように思う人がおそらくいるんじゃないかと。それだけは避けたかったので、ああいう形の解放のされ方というのは望まない解放のされ方だったということがありまして。

 

ー空爆とか激しい3年間だったと思うんですけど、その間、どのように過ごされていたのか。逃げ回っていたのか。

いや、監禁されていたのはイドリブというところで、空爆されているのはおそらくヌスラぐらいで、空爆の音は結構きましたけど、戦闘機が飛んでいる音も聞こえましたけど。

 

ー3年間ずっとイドリブ?

おそらくそうですね。

 

ーじゃあほとんど動いていない?

時々イドリブの中を転々と、動いてる状況です。

 

ー日本に帰って伝えたいことはありますか?

伝えたいこと?40か月ほとんど何もできない状態で、新しいものが何もない状態ですね、ずっとこの過去を振り返るような状態みたいなんですけど、そうなると、おそらく皆さんは充実した人生を送ってらっしゃると思うんですけど、何もできない状態になると、なんでもっといろんな事しなかったんだろうとか、なんでもっと力を入れてやらなかったんだろうとか、そういう、やれたはずなのにやらなかったという事をものすごく後悔して、やれる時に何かをやれる時にそのこと自体を大事にしたいなと自分でも思いますし、少しでも心当たりがある方は、何もできなくなった時が本当につらいので、できるときにもうちょっとなんかやってみるといいんじゃないかと。

 

そんな安田純平さんの解放後のコメントに賛否両論で炎上していました。

安田純平さんの解放後のコメント炎上理由

解放後の気持ちが謝罪ではなく激怒

安田純平さんの解放後の気持ちは「とにかく荷物がないことに腹が立って」と、謝罪の気持ちが無いことに炎上しました。

 

高須院長を始め、「解放後にはまずは謝罪を」という意見が多かったです。

 

しかし、これだけ日本政府だったりカタールに迷惑をかけたにも関わらず、最初に思ったことが「腹が立つ」というコメントに炎上したのでした。

日本政府には借りを作りたくない

安田純平さんは日本政府が色々やって迷惑をかけたにも関わらず、ここまで来て尚「日本政府に開放されたなんて思われたくなかった」と恩を仇で返す言動をしたから炎上しました

 

日本政府は確かに身代金は払いませんでしたが、何かしら政府が安田純平さんのためにしたはずです。

 

にも関わらずここまで来て尚「日本政府に開放されたなんて思われたくなかった」と恩を仇で返すコメントをしたため、批判が出てしまいました。

安田純平が自業自得な理由?

自己責任と言いながら助けを乞う

実は安田純平さんはツイッターにて「自己責任だから、日本政府は規制を図るな。口を出すな」と痛烈批判していました。

そして、自己責任だと政府の渡航禁止要請を無視して強行し、拘束される危険な地へ渡航したのでした。

 

そんな自己責任と言っておきながら、いざ拘束されれば罵っていた政府に助けを求めるのです。

安田純平 自業自得
(画像引用元:https://upload.wikimedia.org

そのため、あれだけツイッターで啖呵を切っておきながら、全然自己責任を果たしていないぶりに自業自得と言われているのでした。

何度も拘束されて「ピーチ姫」「プロ人質」と言われる始末

安田純平さんは何度も拘束されて全く反省しておらず、「プロ人質」「ピーチ姫」と言われる始末となっています。

 

以下が安田純平さんの拘束歴となっています。

  • 1度目2003年 人間の盾作戦に参加し「イラク軍」に拘束
  • 2度目2003年 開放されるが再度「イラク軍」に拘束
  • 3度目2003年 開放されるが「イラク警察」に拘束
  • 4度目2004年 ファルージャに向かう途中に「武装勢力」に拘束
  • 5度目2015年 シリア解放機構(アル=ヌスラ戦線)に拘束

 

特に安田純平さんのようなジャーナリストはテロリストの資金稼ぎのために格好の獲物であり、そのため拘束されやすく何度も拘束されているのです。

 

そんな何度も拘束されているに、全く反省せずにまた拘束される始末で「何度もクッパ大王に拘束されているピーチ姫か」と言われているほどです。

 

さらに日本政府に億単位の身代金を要求し、何%か報酬を貰っていると「プロ人質」とも言われてしまっているのです。

 

このように何度も捕まっている「プロ人質」「ピーチ姫」と言われていることから自業自得と言われているのです。

韓国人だから日本政府が救うのがお門違い?

2018年7月31日に新たな安田純平さんの映像がインターネット上で公開されました。

そこにはなんと安田純平さんの本名は「ウマル」で、「韓国人」だったことを宣言したのです。

 

もし、安田純平さんが本当に韓国人であるのならば、外交で交渉するのは日本ではなく韓国政府となるので色々根底が覆されてしまいますね。

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安田純平 プロフィール

安田純平 ウマル
(画像引用元:http://livedoor.blogimg.jp

別名      ウマル、山本純平、パクホットク、安(アン)
生年月日    1974年3月16日
出身校     一橋大学社会学部卒業
職業      フリージャーナリスト
活動期間    2003年1月~

 

一橋大学社会学部卒業後の1997年信濃毎日新聞入社して松本本社配属となります。

 

2002年3月には休暇をとりアフガニスタン取材、同年4月には文化部に異動、同年12月に休暇をとりイラク取材と個人で活動。

 

2003年に信濃毎日新聞社を退社してフリーとなり、ナジャフ県、バグダード、サマーワなどを取材しています。

 

また、イラク戦争中の取材で度々拘束されては解放されて会見も行っていました。

 

2005年1月にはスマトラ島沖地震で被災したアチェ州を取材し、ヨルダン、シリア、イラクと内戦紛争地帯を取材していました。

 

2012年にはシリア内戦を取材していました。

安田純平(ウマル)の解放後のコメントが炎上!

ウマルこと安田純平さんが解放後にコメントをしましたが、ここに来てなお日本政府の恩を仇で返す、謝罪の前に荷物奪われたことに激怒で炎上しました。

 

解放されたばかりなので本音を語ったとなると、正直残念なコメントでした…

 

とにかく解放されたのは良かったですが、批判的なコメントは辞めて、謝罪と感謝をしてもらいたいですね。

 

せばな~

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