2017年11月17日放送の「爆報!THE フライデー」では、広島カープで“炎のストッパー”と呼ばれた伝説の投手・津田恒実の残された息子の現在が紹介されます。

 

そんな、津田恒実さんの息子・津田大毅は現在は大人になっているので、就職先はどこなのでしょうか?

 

ということで今回は、津田恒実さんと合わせて、息子である津田大毅さんの現在はどうなっているのか調査したいと思います。


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津田大毅の現在の就職先は?津田恒実の息子が自転車日本一周する理由?

津田恒実 プロフィール

津田恒実 息子
(画像引用元:http://www.rehabilitate.jp

出身地     山口県都濃郡南陽町(現:周南市)
生年月日    1960年8月1日
没年月日    1993年7月20日(32歳没)
身長      181 cm

 

社会人から1982年にドラフト会議で広島東洋カープに1位指名され入団し、期待の新人として監督からも期待を寄せられていました。

 

そして、期待通りに1年目の1982年に先発投手として11勝6敗の成績を残し、球団初の新人王に輝きます。

 

ところが2年目にルーズショルダーや中指の血行障害等の弊害で登板機会が激減し、血行障害を治すため、世界初となる中指の靭帯を摘出する手術をします。

 

1986年から抑え投手として復活し、チーム5度目のリーグ制覇に大きく貢献、シーズン終了後にカムバック賞を獲得しています。

 

それからまた怪我で低迷しますが、1989年には防御率1.63、12勝5敗28セーブを挙げる活躍で最優秀救援投手、ファイアマン賞に輝き再び復活をします。

 

また、闘志をむき出しに最速153km/hと鋭いカーブを武器戦う姿に「炎のストッパー」と形容されて活躍していました。

 

しかし、1990年にシーズン終了後から頭痛をはじめとする体調不良を訴え、精密検査の結果、手術で摘出できない位置に悪性の脳腫瘍があることが判明しました。

 

そのため、プロ野球引退せざえなくなり、1981年に引退して闘病して一時期は野球復帰にトレーニングをするほど回復しましたが、再び体調を崩して1993年7月20日に人生を終えました。

津田大毅 プロフィール

津田大毅 現在
(画像引用元:http://blog-imgs-110.fc2.com

生年月日    1988年10月16日
出身地     熊本県

 

津田大毅さんに偉大父である津田恒実さんのように小学校3年生から野球をしていましたが、“津田の息子”と言われ、比べられるのが嫌でした。

 

そのため、“津田の息子”ということを隠して生活していましたが、野球選手は憧れで続けていました。

 

九州学院高から九州国際大に進みましたが、後悔したくないと、父の恩師でもある古葉竹識監督の元でプロのマウンドに立つことを目指しました。

 

しかし、腰を痛めたり度重なる故障に泣き、大学4年間での公式戦成績はわずか四球1個だけで大学野球人生を終えました。

 

それからは、社会人野球へ進む話を頂いたのですが、断り、父親のようになりたかった野球選手は諦めたのでした。

津田大毅の現在の就職先は無職!

大学卒業後の津田大毅さんは埼玉の冠婚葬祭会社に就職し、3年半在籍していました。

 

それから冠婚葬祭会社を辞めて、家庭用医療機器、外資系ビールの営業と職を転々としていたようです。

 

しかし、2016年に会社に辞表を出し、父親の津田恒実さんの偉業を後世に残すために「津田恒美記念館プロジェクト」を立ち上げて無職となっているのです。

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「津田恒美記念館プロジェクト」で自転車日本一周をする理由?

津田大毅さんは2016年からのカープ躍進をきっかけに「マウンドから逃げない父はすごかった」と向き合えるようにと記念館設立を考えました。

 

そのため、2016年12月に「津田恒美記念館」を山口県内に設置する意向を明らにしました。

津田大毅 現在
(画像引用元:https://carp.ho2.info

それから2017年6月に広島市内に設立する予定に変更し、クラウドファンディングを開始しました。

 

クラウドファンディングは好調で資金は開始初日に目標の400万円をクリアし、1631人から2627万5000円が寄せられて予想以上の集まり具合となっています。

 

そして、節目の命日(7月20日)か誕生日(8月1日)に合わせ、早ければ2018年の開館するとのことです。

 

そんな時、津田大毅さんは「津田恒美記念館」の開館に向けて、願掛けで自転車日本一周を2017年6月20日からスタートしています。

「日本一周は元々やりたかったんです。野球にしても仕事にしても何か中途半端だったので、人がなかなかやらないことをやって自分に自信が欲しかった。記念館設立のための願掛けみたいなものもありました。」

今まで津田大毅さんは野球では父親の津田恒実さんに比べられたくない思いながら野球を頑張ったがプロになれず、就職したが仕事も転々する形で中途半端でした。

 

そのため、記念館設立のための願掛けの意味も込めて、今までの中途半端をから、何か達成する・やりきる思いとして自転車日本一周を始めたのです。

津田大毅の現在の就職先は無職で自転車日本一周!津田恒実の息子が記念館設立!

津田恒実さんの息子・津田大毅さんの現在の就職先は無職ですが、偉大なる父親を認めて”津田恒実の息子”として記念館設立に向けて奔走しているのです。

 

そして、今まで野球やら仕事と中途半端なこともあり、何かやり遂げるのと記念館設立の願掛けとして自転車日本一周をしています。

 

父親である津田恒実さんを応援してくれたファンの方々に恩返しのために、津田大毅さんの日本一周が無事達成することを祈っています。

 

せばな~