富岡八幡宮で宮司ら神社関係者の男女4人が死傷事件が起きましたが、被害者・長子さんは犯人の茂永容疑者と姉弟にようです。

 

そんな姉弟である被害者・長子さんは犯人の茂永容疑者はなぜ事件が起きてしまったのでしょうか?

また、犯人である富岡茂永はどんな方だったのでしょうか?

 

ということで今回は、富岡茂永はどんな方で、富岡八幡宮事件が起きたことの真相・犯行理由を調査したいと思います。


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富岡茂永の犯行理由は長子との宮司骨肉争い!富岡八幡宮事件の真相は?

事件が起きたのは2017年12月7日午後8時半前、江東区富岡で富岡八幡宮の宮司の富岡長子さん(58)が車から降りた直後、近くに隠れていた弟の茂永容疑者(56)に日本刀で刺されたのです。

富岡茂永
(画像引用元:http://www.sankei.com

長子さんは胸などを刺され、病院に運ばれましたが死亡し、車を運転していた男性(33)は逃げましたが、茂永容疑者と一緒にいた30代くらいの女に追い掛けられて日本刀で腕を切られ重傷を負います。

 

その後、永容疑者は30代くらいの女を刃物で刺した後、自らの胸を刺して自殺を図り、茂永容疑者と女は病院に搬送されたが死亡しました。

犯行理由は宮司の骨肉争い

茂永容疑者は素行の悪さで宮司解任

犯人である弟の茂永容疑者は1990年代には父親の跡を継いで富岡八幡宮の宮司を務めていたが、2001年に宮司を解任されていました。

富岡茂永
(画像引用元:https://www.jiji.com

茂永容疑者は子どものころから活発でやんちゃな人だったらしく、父親から宮司を引き継いだが、金遣いが荒いなど素行が悪かったとのことです。

 

そのため、2001年に素行の悪さから、茂永容疑者を宮司から解任し、父親が宮司に復帰し、2010年頃には長子さんが宮司を引き継いでいたのでした。

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茂永容疑者が長子に逆恨みで脅迫

実は2006年の当時宮司に次ぐ神職の禰宜(ねぎ)だった長子さんに「必ず今年中に決着をつけてやる。覚悟しておけ」「積年の恨み。地獄へ送る」等の記したはがきを送付したとして茂永は逮捕されていました。

 

他にも長子さんらには他にも、数通の脅迫文が送り付けられていたとのことです。

富岡茂永
(画像引用元:https://i2.wp.com

このことから、犯人である茂永容疑者は自分が悪いのに宮司を降ろされたという事で、長子さんを含めた親族を相当恨んでいたようです。

 

実際に、茂永容疑者は最近はどこに住んでいるかもわからなかったほどで、家族とは絶縁状態であり、相当家族との仲は悪かったのでしょう。

 

また、神輿総代関係者の50代男性によると、茂永容疑者が2017年7月に情緒不安定で泣きなが電話をしてきて、約40分間にわたり悪口を聞かされていたとのことです。

 

そのため、茂永容疑者は宮司の道を閉ざされて将来が終わったと自暴自棄になり、親族である長子さんに犯行を及び、自殺をしたのでしょう。

富岡八幡宮事件で富岡茂永の犯行理由は長子と宮司争いでやばい!

犯人である富岡茂永容疑者は富岡八幡宮で宮司をしていたようですが、素行の悪さで解任されていました。

 

そんな自分のせいにもかかわらず、肉親を逆恨みした挙句、自暴自棄となり長子さんに犯行を及んだとかなり血みどろな家族の関係となってしまったのです。

 

そして、これにより富岡八幡宮の宮司が誰をやるのかだったり、富岡八幡宮はどうなるのでしょうか…

 

とんでもない骨肉争いとなりましたが、長子さん富岡茂永容疑者の父親を始め、残された人たちが不憫でなりません…