2019年11月5日放送の「踊るさんま御殿」にてサーファーの高橋みなと選手が出演するとのことです。

 

そんな、高橋みなと選手の可愛いサーファーの姿は?

また、高橋みなと選手はあの東日本大震災を経験していたのですが、サーファーで海によく行っているので大丈夫だったのでしょうか?

 

ということで今回は、高橋みなと選手について、

  • 高橋みなとの可愛いサーファー水着姿と画像・動画!
  • 高橋みなとが東日本大震災体験で大丈夫だったの?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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高橋みなとサーファー水着姿の可愛い画像!東日本大震災時にサーフィン中止で九死に一生?

高橋みなとの可愛いサーファー水着姿と画像・動画!

高橋みなとさんはサーファーとして可愛い姿・かっこいい姿を見せています。

 

そんな、高橋みなとさんのサーファーとしてカッコ可愛い姿は以下となっています。

 

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Relax surfのはずが顔強張る。笑笑 ?? @pullwell

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後ろの人うるさい?? #australia #surfing @gopro @goprojp

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高橋みなと サーファー

(画像引用元:http://www.athleteyell.jp

高橋みなと サーファー
(画像引用元:https://new-k-pop.com

高橋みなと サーファー
(画像引用元:https://new-k-pop.com

笑顔の時は可愛く、サーフィンに乗っている時はアスリートとしてカッコいいですね!

高橋みなとが東日本大震災に被害

実は高橋みなとさんは東日本大震災を経験しており、その時は波に乗りたかったが練習中止をして九死に一生を得ています。

「今日は海に入らなくてもいいかな……」

2011年3月11日、高校2年だった高橋みなとはその日、朝起きるといつものように波をチェックした。仙台新港から臨む海は、不気味なほど静かだった。比較的近い福島県の海岸では多少、波があるとの情報もあったが、彼女は海でのトレーニングをとりやめた。ちょうど高校のテスト期間明けで、いつもなら波に乗れなかった分を取り戻したい気持ちで溢れているはずだった。普段は「どんな波でも乗りなさい」という母親も、その日は練習中止について反対しなかった。それから数時間後、経験したことのない揺れが仙台の自宅を襲った。「東日本大震災」だ。

「地震が発生した時は、家の中でバランスボールに乗ってトレーニングしていました。すぐに母と外に出て、揺れが収まるのを待ちました」

間もなくして、津波警報が発令された。近所の人たちは、「津波なんてこない」と楽観していたが、常に海で過ごしていた高橋は「絶対に危ない」と直感した。当時、小学生だった弟を母と迎えに行き、荷物を持って海から離れた小学校に避難することにした。その時、彼女が真っ先に車に積み込んだのが、サーフボードだった。

「5月にペルーで世界大会を控えていたんです。18歳以下の大会だったので、出られるのはその年が最後でした。どうしても出場したくて、そのためにはボードが必要になる。無意識に積み込んでいましたね」

その後、父親も合流した高橋たち家族は約3週間、車内や母の実家などで避難生活を送った。もちろん、サーフィンの練習などできるはずもなかった。

「約1カ月、海に入れませんでした。そんなことは、それまで1度もなかったので、パニックに近い状態でしたね。“なぜ、サーフィンができないんだろう?”と」

それでも、5月の世界大会への時間は刻一刻と迫っていた。焦る高橋に、関係者と家族から思いがけない提案が出された。「1カ月、バリで練習してきなさい」。

避難生活で不自由を強いられている家族を置いて、自分だけ海外に行くことに、彼女は後ろめたさを感じた。だが、周囲の後押しを無駄にもしたくなかった。震災から1カ月後の4月11日、高橋はバリへと飛び立った。バリではそれまでのブランクを埋めるため、波に乗り続けた。結果的に、ペルーでの世界大会は40位に終わった。しかし、必死になって練習に取り組んだことは、決して無駄ではなかった。

引用:高橋みなと(プロサーファー)<後編>「見る人を魅了するライディング」

 

高橋みなとさんは東日本大震災があった日は偶然にも練習を中止したことで、すぐに家族と一緒に批判することが出来て助かりました。

 

しかし、ちょうど世界大会を控えていたのに、震災で1ヶ月も海に入れずにパニック状態となってサーファーとしても震災被害を受けていたのです。

 

だが親や周囲の後押しもあり、バリで練習をして結果は40位でしたが、高橋みなと選手にとってかけがえのない経験となったのです。

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高橋みなと プロフィール

高橋みなと サーファー
(画像引用元:https://cyclestyle.net

生年月日    1993年8月9日
出身地     宮城県仙台
血液型     A型
身長      158cm

 

高橋みなと選手は父も母もサーファーで、父の影響から小学3年生の時からサーフィンを始めています。

 

小学校4年生の時にサーフスクールに入校してからは、地元の大会で数多く優勝を飾ってすぐに頭角を現しています。

 

2011年にはJPSA千葉オープン・JWMAプロ・マニューバーラインカップで4位になり、プロ資格を取得しています。

 

2013年には「Go Pro JUNIOR Girls」で優勝してWJC出場権獲得しています。

 

2014年には年間総合ランキング5位、2015、2016年には4位となり、JPSA女子選手会の副会長に就任しています。

 

2017年に入るとメディアの露出を増やしており、東北放送「N スタみやぎ」NHK「魔法のコトバ」や、2018年には「炎の体育会TV 」に出演して知名度を高めています。

 

また2017年からはオリンピック強化指定選手に選ばれており、オリンピックメダル候補としても期待されています。

高橋みなとサーファー水着姿の可愛い画像!東日本大震災でサーフィン中止で九死に一生

高橋みなと選手はサーファーとしての実力だけでなく、カッコ可愛いです。

 

そして、高橋みなとさんは東日本大震災の被害を受けており、ちょうど練習を中止して九死に一生を得ていたのでした。

 

そんな高橋みなとさんですが、今後も東日本大震災でも応援してくれた人のためにもサーファーとしての活躍を期待しています。

 

せばな~