高畑勲さんのお別れ会が2018年5月15日に行われましたが、その時に盟友である宮崎駿さんが「パクさん」という愛称で投げかけたことが話題になりました。

 

なぜ高畑勲さんの愛称が「パクさん」なのでしょうか?

 

ということで今回は、高畑勲さんの愛称が「パクさん」なのか調査したいと思います。


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高畑勲 プロフィール

高畑勲 パクさん
(画像引用元:https://img.cinematoday.jp

別名義     武元 哲(たけもと てつ)
生年月日    1935年10月29日
没年月日    2018年4月5日(82歳没)
出生地     三重県宇治山田市(現・伊勢市)

 

長編漫画映画「やぶにらみの暴君」に感銘を受けて、アニメーション映画を作る事を決意した高畑勲さん。

 

大学卒業後に東映動画に入社し、「わんぱく王子の大蛇退治」で演出助手、テレビアニメ「狼少年ケン」で演出デビューをします。

 

その仕事ぶりを認められ、長編漫画映画「太陽の王子 ホルスの大冒険」の演出(監督)に抜擢されてます。

 

それから宮崎駿さんと共にAプロダクションに移籍し、「ルパン三世 (TV第1シリーズ)」の後半パートの演出、映画「パンダコパンダ」「パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻」の演出を担当しています。

 

のちに日本アニメーションに移籍後は、「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」の演出を担当し、「未来少年コナン」では数話のコンテ・演出を担当し、初監督で苦しむ宮崎駿さんをアシストしました。

 

1981年には漫画「じゃりン子チエ」の映画化で成功し、1982年公開の映画「セロ弾きのゴーシュ」では毎日映画コンクールの大藤信郎賞を受賞しています。

 

1984年公開の映画「風の谷のナウシカ」ではプロデューサーを務め成功し、莫大な制作費で映画「柳川堀割物語」を作りました。

 

ところが映画「柳川堀割物語」で金を使いすぎて制作費を回収するために「天空の城ラピュタ」の制作を目指し、1985年にスタジオジブリを設立します。

 

1988年「火垂るの墓」の監督を務めてから未完成のままでの劇場公開という不祥事に一旦廃業を決意するが、1991年には「おもひでぽろぽろ」で復活しています。

 

1994年には自ら原作を手がけた「平成狸合戦ぽんぽこ」を公開し、配給収入で26億円を得て邦画ではトップとなり、高畑の監督作品でも最高の成績となります。

 

1999年「ホーホケキョ となりの山田くん」を公開したあとは10音二条は作品が途切れますが、2013年11月に「かぐや姫の物語」が公開されます。

 

2015年6月にはアメリカの映画芸術科学アカデミー会員候補に選ばれています。

 

「平家物語」の短編映画の制作にとりかかったが、病状悪化のため死の3か月前に断念し、2018年4月5日に肺がんのため東京都内の病院で死去しました。

宮崎駿が高畑勲をパクさんと呼ぶ理由?名前の由来は韓国人は嘘?

高畑勲さんのお別れ会が2018年5月15日に行われ、55年もの盟友である宮崎駿さんは「パクさん」という愛称で高畑勲さんについて喋っていました。

「パクさん、僕らは精一杯、あの時、生きたんだ。膝を折らなかったパクさんの姿勢は、僕らのものだったんだ。ありがとう、パクさん。55年前に、あの雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんのことを忘れない」

 

その時に盟友である宮崎駿さんが「パクさん」という愛称で投げかけたことが話題になりました。

 

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韓国人は嘘でパクパク食べてたから

「パク」となると真っ先に思われるのが「パク=朴」ということで、韓国人と言われましたが高畑勲さんは生粋の日本人でガセです。

 

実はよく高畑勲さんは遅刻して、パンをパクパク食べていたことからついたニックネームとのことです。

大体ものすごく朝が苦手な男でして、東映動画に勤め始めたときも、ギリギリに駆け込むというのが毎日でございまして、買ってきたパンをタイムカードを押してから、パクパクと食べて、水道の蛇口からそのまま水を飲んでいたという、それで「パク」が「パク」になったという噂です。

噂で定かではありませんが、パクパク食べていたことからパクさんというのは確かのようです。

 

そしてこの「パクさん」というあだ名は東映動画に勤め始めた時のから名付けられたものです。

 

このことから宮崎駿さんが連呼しているのが、それだけ長く付き合いがあった事がよくわかりますね…

高畑勲がパクさんの理由・由来はパクパク!韓国人は嘘!宮崎駿が連呼!

高畑勲さんのあだ名が「パクさん」の理由は、遅刻してパンをパクパク食べているからとは何とも微笑ましいですね(笑)

 

そしてこのあだ名は東映時代のことで、宮崎駿さんが連呼しているのはそれだけ長く付き合っていた盟友である事がよくわかりますね。

 

そんなパクパク食べていた若かりし頃を思い出し、お別れ会が開かれたとなるとより哀しさを感じました…

ヨシコヨシコ

「平成狸合戦ぽんぽこ」はよく見ていました。
ご冥福をお祈りします。