2017年12月25日放送の「激レアさんを連れてきた。」では、鉄壁を誇る網走刑務所から昭和の脱獄王が本当に脱獄を成功させたせいで、給料をめちゃめちゃカットされた人が出演します。

 

そんな鉄壁を誇る網走刑務所から昭和の脱獄王はどうやって脱獄をしたのでしょうか?

 

ということで今回は、網走刑務所で昭和の脱獄王白鳥の手口と、刑務所での仕打ちがヤバいことを紹介します。


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網走刑務所で昭和の脱獄王・白鳥の手口は?囚人の仕打ちがヤバい!

昭和の脱獄王・白鳥が凄い!

網走刑務所を脱獄した昭和の脱獄王・白鳥さんは、26年間もの服役中に4回の脱獄を決行しています。

網走刑務所 脱獄
(画像引用元:https://i.ytimg.com

1回目は青森刑務所、2回目は秋田刑務所、3回目が網走刑務所となり、4回目の札幌刑務所を脱獄をしてから逮捕されて刑期を終えて出所しています。

 

もともと超人的な体力と腕力を持っていたとされ、1日に120kmもの距離を走ることができ、手錠の鎖を引きちぎる怪力ぶりで脱獄を繰り返していたとのことです。

 

そんな、昭和の脱獄王・白鳥由栄さんは計4回も脱獄していますが、刑務所側の自分に対する扱いや酷さに対する抗議行動として脱獄を繰り返したと言われています。

 

実際に網走刑務所での仕打ちはかなりひどかったようです。

網走刑務所での仕打ちがヤバい!

1943年4月に昭和の脱獄王である白鳥さんは網走刑務所に移送され、凶悪犯用の特別房に入り、酷い扱いを受けていました。

 

白鳥さんは手と足に鎖玉付きの錠をはめられ、房の床に転がされ、手足の錠の当たる部分の肉が化膿して蛆がわき、骨が露出していたのです。

 

錠を外されることはなく、食事は食器を口でくわえるのは禁止で、便所も行けずに糞尿垂れ流しの状態だったのです。

 

また、週に一度だけ体を拭かれるぐらいで、風呂には入れず、囚人といえど、人間として扱われていなかったのです。

網走刑務所での脱獄方法は?

人間として扱われていなかった白鳥さんは観念したかおとなしくなったようですが、着々と脱獄の準備をしていました。

 

まず。手足の自由を得るために、手錠を根気よくぶつけ咬んだりして緩めていました。

 

つぎに独房の扉にあった視察孔の鉄格子がガタついていたため、3ヶ月かけて根気よく鉄格子を揺らし続けて外します。

 

さらに有名なのが、特製の手錠と監視口に味噌汁を吹きかけ続け、味噌汁に含まれる塩分で鉄を錆びさせていました。

 

そして、1944年8月末に停電により看守交代が遅れた時に、手足の手錠を外すと視察孔の鉄格子を取り除き脱獄します。

網走刑務所 脱獄
(画像引用元:http://naganeyama123456789.up.n.seesaa.net

視察孔に頭を入れ肩の関節を脱臼させて独房より脱出し、天井をによじ登って採光窓を破って屋外に出ていきます。

網走刑務所 脱獄
(画像引用元:http://pds.exblog.jp

最後に工場の支柱から壁を乗り越え、鉄壁を誇る網走刑務所から脱獄を成功させたのでした。

網走刑務所で昭和の脱獄王・白鳥の手口が凄い!

鉄壁を誇る網走刑務所ではかなりひどい扱いを受けていた昭和の脱獄王・白鳥さん。

 

そのため、脱獄をしたのですが、類まれなる身体能力と、脱臼して隙間に潜れる特殊体質を持っているからこそできたようです。

 

さすが昭和の脱獄王ですが、みなさんは絶対真似しないでくださいね!

 

せばな~