若い頃はイケメンで知られる沢田研二さんですが、現在が顔変わり過ぎでヤバイと話題です。

 

そんな沢田研二さんの現在はどれくらい変化したのでしょうか?

 

ということで今回は、沢田研二さんについて、

  • 沢田研二が顔変わったか比較!
  • 若い頃の画像・動画は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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沢田研二の現在と若い頃画像を比較!昔はイケメンで動画ヤバイ!

NHKホールでデビュー50周年記念のライブツアーを開始させた沢田研二さんですが、その体型や風貌が変わったことで話題になっています。

 

実際に若き日のジュリーと現在の沢田研二さんを比べると…

沢田研二 現在 画像
(画像引用元:http://livedoor.4.blogimg.jp,http://livedoor.blogimg.jp

現在が69歳なので年というのもありますが、それでも雰囲気が変わりすぎています。

 

そんな変わりすぎているせいか、沢田研二さん自身すらも“若き日のジュリー”の映像に「あれはオレじゃないからね」とぼやき、会場を沸かせていました。

 

ただ、この飾らない現在の沢田研二さんも良いと賞賛されており、マツコ・デラックス「逆にカッコイイと思う」と称えています。

沢田研二の現在が変わりすぎた理由は?

沢田研二は年もありますが、若い頃のスマートで髪が長いイメージから、現在は髪が短めで太ったりと風貌もかなり変わったことも影響しているようです。

 

元々が太りやすい体質だったらしく、若い頃はスタイルキープのために食事を制限し、いつも空腹のような状態、食べたものも吐き出す等と無理やりキープしていたようです。

 

しかし、年を重ねて無理にスタイルをキープする必要もなくなり、太る体質もあったせいか太っていったようです。

沢田研二 現在 画像
(画像引用元:http://livedoor.blogimg.jp

 

更に別人の姿を見せるコンサートの前に「音楽劇 大悪名」で僧侶を演じて丸刈りをした影響により、歳のせいで中々髪が伸びていないようです。

 

そのため若い頃のスマートで髪が長いジュリーから、現在は髪が短めで太ったりと風貌もかなり変わったことも影響しているようです。

沢田研二の若い頃の動画・画像がイケメン!

顔変わったと言われたことで話題になった沢田研二さんですが、これがきっかけで改めて若い頃の沢田研二さんのイケメンさがすごいと再評価されています。

沢田研二 若い頃
(画像引用元:http://i0.wp.com


(画像引用元:http://livedoor.blogimg.jp

沢田研二 若い頃
(画像引用元:http://i1.wp.com

沢田研二 若い頃
(画像引用元:http://i1.wp.com

確かに動画・画像を並べてみましたが、イケメンと色気さが半端ないと素人目から見ても分かります。

 

だからこそ、現在の顔とのギャップに驚きを隠せない方が多くいたのでしょう。

沢田研二 現在
(画像引用元:http://articleimage.nicoblomaga.jp

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沢田研二 プロフィール

沢田研二 画像
(画像引用元:http://xn--gmqq4cd1bfn718euzbwy8b3pv5rd.com

出生名     澤田 研二
別名      ジュリー
生年月日    1948年6月25日
出身地     京都府京都市
ジャンル    J-POP、ポップ、歌謡曲、グラムロック
職業      歌手、俳優、作詞・作曲家
活動期間    1967年~
事務所     ココロ・コーポレーション

 

京都のダンス喫茶「田園」でドアボーイのアルバイトをしていた際に、グループ・サウンズ「サンダース」に声をかけられて、17歳の時にローディー兼ボーカリストとなりました。

 

それから「ファニーズ」のリード・ボーカルを務め、テレビ出演直前に「ザ・タイガース」に改名されて1967年2月5日にシングル「僕のマリー」でデビューします。

 

セカンド・シングル「シーサイド・バウンド」でブレイクし、「モナリザの微笑」「君だけに愛を」とヒット連続で10代の少女を中心に熱狂的な人気を博し、一躍国民的アイドルとなります。

 

1971年に「ザ・タイガース」解散後は新たなバンド「PYG」に参加したりしますが、同時期にシングル「君をのせて」でソロデビューも果たしています。

 

ソロ当初はあまり売上は振るいませんでしたが、1972年「許されない愛」がオリコン最高位4位を記録、1973年「危険なふたり」が65万枚を売り上げソロ初のオリコン1位を獲得。

 

1974年には「追憶」が58万枚を売り上げ2曲目のオリコン1位と続き、1975年「時の過ぎゆくままに」は5週連続オリコン1位で累計売上92万枚と沢田研二さんにとって最大のヒット曲となります。

 

また沢田研二さんといえば、ヴィジュアルを重視したスタイルをエスカレートさせていき、そのコスチュームにも注目を集めており、1980年に発売された「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」で注目を集めていました。

 

1985年からは事務所から独立して活動をしていますが、新バンド「JAZZ MASTER」を結成したり、1989年にはソロとザ・タイガースとしても出場し、初めて一度の紅白で2度出場を記録しています。

 

俳優としてもNHKの連続テレビ小説「はね駒」や大河ドラマ「山河燃ゆ」「琉球の風」等とコンスタントに出演しており、各社大手有名企業のCMに出演しています。

 

2000年以降も現役歌手として活動しており、2002年に自主レコードレーベルとなる「JULIE LABEL」を設立したりとセルフプロデュースをしており、曲もコンスタントにリリースしています。

沢田研二の現在と若い頃画像を比較!昔はイケメンと再評価される!

沢田研二さんの現在も良いのですが、やはり若い頃の凄まじいイケメン時と比べると驚く方が多いようです。

 

そのため、改めて沢田研二さんの若い頃が評価されておりますが、動画を見ると本当にイケメンです!

 

そんな若い頃と沢田研二さんですが、今後も歌手として活躍することを期待しています!

 

せばな~

【比較画像】沢田研二がカーネルサンダース似てる!ジュリーそっくりな理由は!