ルー語で話題だったルー大柴さんの現在ですが、「大柴宗徹」として茶道の師範として活躍していたのです。

 

そんな、ルー大柴さんが茶道を始めたきっかけや、どうやって師範になったのでしょうか?

 

ということで今回は、ルー大柴さんについて、

  • ルー大柴が茶道を始めたきっかけは?
  • ルー大柴が師範になった経緯・方法は?
  • ルー大柴の茶道の動画!

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

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ルー大柴の現在は茶道師範の理由!大柴宗徹が師範になった方法!

ルー大柴が茶道を始めたきっかけは?

ルー大柴さんは芸能人がやったことのない引き出しを求めて茶道を始めており、月謝がもったいないと続けて師範にまで上り詰めました。

 

ルー大柴さんはマネージャーからの提案がきっかけで、芸能人がやったことのない大きな引き出しを作るため茶道を始めました。

ルーさんが茶道を始めたのは、マネージャーからの提案がきっかけでした。50歳を過ぎた頃です。

ルー:デビュー以来、アクの強いキャラクターという大きな引き出しが一つしかない状態で突っ走ってきたたこともあって、「もっと知識を広める意味でも、芸能人があまりやってないことをやってみたら?」と提案されたんです。
クリス:格好いいですね。ビシッと決まっているというか。
ルー:茶道を始めた頃は「よし、やってみよう」とは思ったけど、正直言って「スリーデイズ・ボーズ(三日坊主)」でやめようってすぐに思いました。はっきり言ってつらいんです(笑)。敷居も高いし、最初に行った頃は見られていて、ハイソサエティな方もいらっしゃるし、私には無理かなと思ったんです。

引用:ルー大柴、茶道の師範に! 「スリーデイズ・ボーズでやめようと思ったけど…」

 

それから、教えてくれる師匠すらも三日坊主になると思いきや、ルー大柴さんは月謝がもったいないと通い続けて出来るようなっていき、8年で師範にまで上り詰めました。

クリス:それでも続けようと思ったのはなぜですか?
ルー:月謝がもったいないと思って(笑)。少しずつ習っていって、「ストーンの上にも3イヤーズ(石の上にも3年)」っていう言葉がありますが、3年ぐらい経って少しずつできるようになってきたんです。

4、5年後に準師範になり、さらに3年ほどを経て師範になりました。

ルー:人間は恥をかくのが嫌だから、できないとむしゃくしゃしたり、格好悪いって思うじゃないですか。だけど、笑われてもいいから一生懸命にやろうと。少しずつ度胸がついてきたというか。

引用:ルー大柴、茶道の師範に! 「スリーデイズ・ボーズでやめようと思ったけど…」

このように、ルー大柴さんは大きな引き出しを求めて茶道を始め、8年も続けて師範にまで上り詰めました。

ルー大柴が師範になった経緯・方法は?

茶道の師範になるには師匠のもとで修行をし、師範としての許状をいただくことでなれます。

 

そして、日本の伝統文化である茶道には家元制度があり、流派によってお茶の点て方や作法などが細かく異なるため、どれかの流派に入って弟子入りして修行します。

 

ルー大柴さんは「遠州茶道宗家」で修行をし、宗家(お家元)から許状を授与されて「準師範」「師範」へとステップアップしていきました。

ルー大柴の準師範の許状を授与(2010年4月11日)


(画像引用元:http://s3if1.storage.gree.jp

 

ルー大柴の師範の許状を授与(2013年4月10日)

ルー大柴 現在
(画像引用元:http://s3if1.storage.gree.jp

また、この時にルー大柴さんは準師範のときは「宗徹(そうてつ)」、師範の時は「貫庵(かんあん)大柴宗徹(そうてつ)」を宗家より宗号(名称)を頂いて活動をしています。

 

そのため、茶道の師範としてはルー大柴ではなく、「貫庵(かんあん)大柴宗徹(そうてつ)」として活動をしています。

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ルー大柴の茶道の様子

ルー大柴さんの茶道の様子は以下となっており、ルー語も喋らずに真面目にお茶を点てています。

ルー大柴が茶道の時はルー語禁止

ルー大柴さんは茶道で「大柴宗徹」の時はルー語を禁止にしています。

クリス:茶道のとき、“大柴宗徹”の時はルー語は封印するんですか?
ルー:もちろんです。水屋で先生と話すときはちょこちょこと出ますけど、家元に聞こえないようにしています(笑)。やり始めた頃は、まわりの人もそんなに続かないのではと思っていたと思うけど、ある時先生に「ルーさん、こんなに続くとは思いませんでした」って言われて。自分も少しずつ変わっていきましたね。

ルー:お茶を点てるときは喋りません。お客様に対していいお茶を差し上げたいというおもてなしの気持ちで、集中してお茶を点てます。そこに“静”を感じます。我々は“動”の部分で生活しているので、すごく静かな雰囲気で心が洗われるというか。お客さんが「けっこうなお手前でございます」って言うと、「そうですか」といった感じで終わるわけです。そんなコミュニケーションをとって、清らかでホッとする空間が好きです。

引用:ルー大柴、茶道の師範に! 「スリーデイズ・ボーズでやめようと思ったけど…」

まさかの空気の読めないルー語でしゃべるのが売りですが、大柴宗徹の時は封印し、喋らずにお茶を点てているのです。

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ルー大柴 プロフィール

ルー大柴 現在
(画像引用元:http://www.carino-models.com

本名      大柴 亨
生年月日    1954年1月14日
出身地     東京都新宿区富久町
血液型     A型
身長      172cm
事務所     Carino
活動時期    1977年~

 

三橋達也の付き人を経て、1977年にテレビドラマ「俺たちの朝』」で俳優としてデビューします。

 

1979年に勝新太郎が主宰した「勝アカデミー」に第一期生として参加したが俳優業は鳴かず飛ばずで、司会業やモデル業をして雌伏の時を過ごします。

 

モデル時代の事務所のパンフレットに掲載されていた“カジュアルなスタイルにウエストポーチをつけた格好”が「スーパーギャング・コサキン無理矢理100%」で話題となり、番組内で“ポシェット・ルー”として人気となります。

 

1989年に関根の主宰する劇団「カンコンキンシアター」の旗揚げに参加し、その独特のキャラクターが脚光を浴び、アデランスのCMでの「トゥギャザーしようぜ!!」のキャッチフレーズで一躍有名になります。

 

1992年には第29回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞受賞し、「浅草橋ヤング洋品店」の司会、「笑っていいとも!」曜日レギュラー、NHK大河ドラマ「花の乱」や、舞台「ハムレット」などに出演して活躍します。

 

2007年初頭頃からは「クド過ぎるブログ」と発言自体が「ルー語」と言われ、最も嫌われていた女子高生層の間で話題となり、再びブレイクします。

 

2010年4月には遠州流より準師範を許可され、当代家元小堀宗実より、宗徹(そうてつ)の名前をいただき、2013年4月に 遠州流より師範を許可される。茶道当代家元小堀宗実お家元より貫庵(かんあん)大柴宗徹(そうてつ)の庵号を与えられます。

ルー大柴の現在は茶道師範の理由!大柴宗徹がルー語禁止で活躍!

ルー大柴さんの現在は茶道の師範「大柴宗徹」で、ルー語を使わないで活動をしていたのです。

 

そして、始めたきっかけは、芸能人がもっていない大きな引き出しを作るためで、月謝がもったいないと続けた結果、師範にまで上り詰めました。

 

そんなルー大柴さんですが、今度はルー語ではなく「大柴宗徹」の茶道師範として再々ブレイクを果たすことを楽しみにしています。

 

せばな~

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