美川憲一さんがサバを読んでいることで話題になっているようです。

 

そんな、美川憲一さんはどれくらいサバを読み、本当の生年月日は?

 

ということで今回は、美川憲一さんのサバ読み事件について紹介します。


スポンサーリンク

美川憲一サバ読みで生年月日は?さそり座の女は嘘?

2018年3月22日に「週刊新潮」では美川憲一さんの公称していた「71歳」ではなく、「73歳」だったというサバ読みが発覚します。

 

美川憲一さんはプロフィールでは1946年5月15日生まれになっていました。

 

しかし、2018年2月に外くるぶしを骨折し手術を受けた美川憲一さんはこのイベントに車椅子で登場。

 

集まった取材陣に術後のレントゲン写真を配るサービスを行ったのだが、そこには〈モモセ ヨシカズ〉の本名と併せ〈44/05/15〉と書かれたたのでした。

 

つまり、1946年5月15日生まれではなく、1944年5月15日生まれと2歳もサバを読んでいたのでした。

 

これに気づいた美川憲一側は、触れないでほしいとメディアに要請し、スポーツ紙各紙が忖度した結果、翌日の紙面には「71」の年齢が表記されていたのでした。

なぜ美川憲一はサバ読みを行った?

「私の一存でやったこと」

「年齢が高すぎるから2歳ぐらい若くした方がいい」

実はかつて美川憲一さんが所属していたエービープロモーションの秋元那男代表が、若いほうがよいとサバを読みしたのでした。

 

サバ読みしたのは1989年のコロッケさんとの物真似共演で美川憲一さんが再ブレイクとなった時期。

 

そのため、再ブレイクをする時に秋元那男代が「年齢が高すぎるから若くしたほうがいい」と直感し、44歳を42歳に変えたのでした。

美川憲一 サバ読み
(画像引用元:https://i.ytimg.com

そのおかげかは分かりませんが、その後、美川憲一さんは再ブレイクを果たしております。

 

そんな、サバ読み事件の犯人である秋元那男代表は「正しい生年月日はとっくに公になっていると思っていました」と語っていました。

 

確かに若い女優・グラビアイドルならショックかもしれませんが、今さら美川憲一さんが2歳サバを読んでいたことがわかっても、周りにとっては「どうでもいい」ですよね。

美川憲一は「さそり座の女」じゃない?

美川憲一さんは「さそり座の女」が名曲が余り、周りは美川憲一さんも「さそり座の女¥と思っていました。

 

しかし、今回のサバ読み事件により、生年月日は「1944年5月15日」と、”さそり座の女”ではなく”おうし座の女”だったのです!

 

これもサバ読み事件と同じくどうでもいいですが、反応を見た限りではサバ読み事件より、さそり座の女じゃないことのほうが反応があったようです。

スポンサーリンク

美川憲一 プロフィール

美川憲一 サバ読み
(画像引用元:http://www.hochi.co.jp

出生名     百瀬 由一(ももせ よしかず)
生誕      1946年5月15日
出身地     長野県諏訪市
血液型     A型
ジャンル    演歌
活動期間    1965年 ~

 

あの美空ひばりさんの作曲までした作曲家・古賀政男さんの指導を受けて、1965年「だけどだけどだけど」で歌手デビューをした美川憲一さん。

 

当時は男装・美少年キャラで活動をしていました。

 

1968年に「釧路の夜」が45万枚売り上げてヒットし、「第19回NHK紅白歌合戦」に初出場します。

 

1972年には名曲「さそり座の女」で9.7万枚を売り上げるヒット曲となり、当時の星占いブームのきっかけとなりました。

 

1980年のものまねブームの時は、ものまね第一人者のコロッケさんに自分のものまねをしてもらえるように依頼して披露してもらうことでウケていました。

 

そして、1989年正月に放送された「オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!」の曲の途中でサプライズで登場する「ご本人登場」の第一号としてコロッケさんと共演して大きな反響を呼び人気が上がります。

 

その後は歌手だけでなくタレントとしてご意見番となり、「オネエキャラ・セレブキャラ」としてCMに出演して人気と地位を確立していきました。

 

また紅白では小林幸子さんとの派手な衣装対決で毎年話題とにもなっていました。

美川憲一サバ読みで生年月日が違う?さそり座の女も嘘だった!

美川憲一さんのサバ読み事件はどうでもいいことで話題になりましたが、さらにどうでもいいさそり座の女は嘘でも反応がありました。

 

まさかの生年月日が、さそり座の女も年齢の嘘とは…

ショックなので自分もサバ読んでさそり座になります…

 

せばな~