中村獅童さんといえば元嫁が竹内結子さんで子供のいます。

 

そんな中村獅童さんと竹内結子さんの離婚原因や、竹内結子さんとの間に出来た子供はどうなったのでしょうか?

 

ということで今回は、中村獅童さんと竹内結子さんについて、

  • 中村獅童と竹内結子の離婚原因は?
  • 竹内結子との間にできた子供との現在の関係は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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中村獅童と竹内結子の離婚原因は?子供の現在は?許可得て再婚?

中村獅童さんは2005年に公開された映画「今、会いに行きます」で共演したことで竹内結子さんと交際に発展し、2005年6月には結婚をしていました。

中村獅童 竹内結子
(画像引用元:http://kuharayuki.com

 

しかも、その後の会見で竹内結子さんが妊娠3か月であることも公表しておりますが、あまりにも交際から妊娠出産までのスピードが早かったため、できちゃった結婚と言われています。

 

2005年11月には長男も誕生し、順風満帆かと思いきや、入籍からわずか1年半後の2006年10月には竹内結子さんが離婚届を提出、親権をめぐる裁判を経て2008年に離婚が成立しており。

竹内結子さんとの子供はの親権は竹内が持ち、養育もすることで決まっていました。

中村獅童と竹内結子の離婚原因は?

中村獅童の浮気が原因?

中村獅童さんは結婚からわずか1年の2006年9月に酒気帯び運転が発覚するだけでなく、同席していたのが元カノの女優の岡本綾さんということで浮気疑惑が出ました。

中村獅童 竹内結子
(画像引用元:http://magocsi-news.net

それだけなく、高岡早紀さんとのデート報道もされており、まさかの飲酒運転に岡本綾さんと高岡早紀さんとの浮気事件を起こしてしまったのです。

 

そんな現在なら干されて二度と表舞台に出れない事件を起こしたため、2006年には竹内結子さんが離婚届をだしたとされています。

竹内結子と中村獅童の母・小川陽子との対立?

実は竹内結子さんと中村獅童の母・小川陽子さんと嫁姑問題で離婚したと言われています。

 

竹内結子さんはステージママだった小川陽子さんに取り入って結婚したものの、いずれは“梨園の妻”となって獅童の活動をサポートすることを求めていました。

 

さらに長男に獅童の後を継がせ歌舞伎俳優に育てようとしたのですが、竹内結子さんと小川陽子さんは真っ向から対立して嫁姑問題が発生したのです。

 

そして、中村獅童さんの浮気がきっかけで離婚の話が進み、その後も家事ができないで仕事を始めたら子どもの世話が竹内結子さんは出来ないと子供の親権争いをしたそうです。

 

それだけなく、小川陽子さんは2013年に心不全で天国へ旅立ちましたが、前妻で女優の竹内結子さんは参列しない、供花はしたが騒ぎ立てられるのが嫌だから隅に置くとその対応に批判殺到。

加えてこの時期に大先輩に当たる主役は吉永小百合さんの映画制作会見を欠席したため、大バッシングにあったのでした。

中村獅童と竹内結子との子供の現在の関係は?

中村獅童さんは竹内結子さんとの子供とも交流しており、再婚する際も子供に許可を得てから再婚していたのです。

 

当初は中村獅童さんは「慰謝料なし、養育費は成人まで月50万円」「獅童と長男は数カ月に1度の割合で面会」の約束だったが、竹内結子さんが面会の約束を守っていないと報じられてみました。

 

さらに、現在の嫁との子が誕生してから中村獅童さんがインスタに大量の息子写真と愛情あふれるメッセージを投稿し続けていることに、竹内結子さんとの子供が可愛そうと批判されていました。

中村獅童 竹内結子
(画像引用元:http://xn--u9jy52gltai77a119b6fc.com

 

ところが違うようで、竹内結子さんとの子供とも会っており、1日も忘れたことは無いと「ハーパーズ バザー」誌上で語っています。

 

さらに中村獅童さんの再婚にも長男と会って「お父さん、違う人と結婚しようと思うんだけどいい?」と息子の許可を得ていました。

 

そのため、一時期は誤報だったり勘違いするインスタの投稿で非難を浴びましたが、竹内結子さんとの子供との関係は良好のようです。

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中村獅童 プロフィール

中村獅童 竹内結子
(画像引用元:https://dot.asahi.com

本名      小川 幹弘(おがわ みきひろ)
生年月日    1972年9月14日
襲名歴     二代目中村獅童
出身地     東京都

 

歌舞伎の名門・小川家に生まれ、父は元歌舞伎役者の初代中村獅童(本名・小川三喜雄)を持ち6歳の6月より日本舞踊を始め、獅童自ら舞台に出たいと祖母に直訴したそうです。

 

1981年6月の8歳のときに歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」「御殿」の豆腐買の娘おひろで二代目中村獅童を名乗り初舞台を踏みます。

 

師匠不在の中でのスタートとなったため、付き人もおらず、楽屋の支度は全て母が付き添って行ったようです。

 

1983年10月には「春日局」竹千代で松竹社長賞を受賞したりと活躍するも、中学時代よりロックに傾倒しバンド活動を開始もしています。

 

歌舞伎役者が開店休業状態となって大学時代はバンドを結成していたが、。9歳で歌舞伎の道を目指す事を再び決心するが、後ろ盾がないために役がつかず、最後列の一番端に並んでいるだけの役を演じる下積み生活を送ります。

 

しかし、1996年「狐狸狐狸ばなし」おそめ役で歌舞伎座賞、翌年には「歌舞伎の見方」解説で国立劇場特別賞を受賞します。

 

俳優もオーディション落選続きだったが、2002年公開の映画「ピンポン」で準主役の「ドラゴン」の役を射止め、日本アカデミー賞、ゴールデン・アロー賞(映画新人賞)、ブルーリボン賞、日本映画批評家大賞、毎日映画コンクールの各新人賞5冠を受賞します。

 

歌舞伎においても、2003年に「義経千本桜」「毛抜」で初の主演を務め、歌舞伎・俳優と両方で活躍しだします。

 

歌舞伎での活動はもちろんのこと、俳優としてもコンスタントに映画・ドラマに出演して活躍しております。

中村獅童と竹内結子の離婚原因は?子供の現在は許可得て再婚と関係は良好!

中村獅童さんとの竹内結子さんの離婚原因は中村獅童さんの浮気がきっかけですが、嫁姑問題と一つのことが理由ではなく複合的なものだったようです。

 

そして、竹内結子さんとの子供とは現在も交流が続いており、再婚の許可を貰ったりと関係は良好のようで良かったです。

 

今後も竹内結子さんの子供にも現在の嫁との子供と変わらずに愛して立派に育ててくれることを期待しています。

 

せばな~