前田日明さんといえば坂田亘さんをフルボッコにした動画で話題になっています。

 

そんな前田日明さんが坂田亘さんをボコボコにした理由・経緯は?

 

ということで今回は、前田日明さんが坂田亘さんをフルボッコにした理由と経緯を紹介したいと思います。


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前田日明フルボッコ動画の真相!坂田ボコボコの理由・経緯は?その後は?

前田日明フルボッコ動画とは?

前田日明さんのフルボッコ動画とは、試合後の坂田亘さんをバックステージでフルボッコしたことを指します。

 

事件は1995年5月20日のリングス鹿児島アリーナで起き、坂田亘VS鶴巻伸洋の試合後に腹が立った前田日明さんがボコボコにしたのでした。

前田日明がフルボッコにした理由・真相は?

前田日明さんは坂田亘さんが大事な地方興行の一試合目を、しょっぱい引き分けで盛り上げず、インタビューもふんぞり返っていたためフルボッコにしました。

前田日明 フルボッコ
(画像引用元:http://kakutolog.cocolog-nifty.com

 

前田日明さんは地方のファン獲得は大事と考えていたが、経営を考えると多数の観客を見込めない地方興行は中々出来ずに困っていました。

 

そんな中で鹿児島の「リングス熱視会」というリングスファンの集まり、鹿児島でリングスを見たいと署名活動までしてリングスの大会を誘致してくれました。

 

この「リングス熱視会」の活動に感激した前田日明さんは、地方でもなんとか盛り上げようと大会を開催しました。

 

ところが、興行の盛り上げるきっかけとなる大事な一試合目で、坂田亘さんはしょっぱい試合で引き分けたのです。

 

それだけでなく、坂田亘さんは試合後のインタビューも記者の質問にふんぞり返ってかなり偉そうな対応をしてしまったのです。

 

そのため、「リングス熱視会」のために開催した興行の大事な一試合目をぶち壊した坂田亘さんにブチ切れてフルボッコにしたのでした。

前田日明がフルボッコを認めた?

実は上記のフルボッコ動画を前田日明さんは見ており、ボコボコを認めているが、昔のほうがすごかったと語っています。

オレらのときに5分くらいで試合が終わったり、動きが悪くてチンタラした試合をやったら山本さんとか猪木さんにリング上でプッシュアップ用のラワン製の棒でボコボコですよ。

オレが坂田(亘)をボコったのがインターネットに流れて、前田は凶暴だっていうけれど、オレらが過ごした新日本はあれの10倍すごい。

あれぐらいのレスラーは先輩にいっぱいいた。1人にボコボコにされて、それを聞いたほかの先輩からまたボコボコにされて、何人からやられたらええねんみたいな。

前田日明さん曰く、前田日明さんの時代だったら一人フルボッコされるだけマシで、様々な先輩からフルボッコされていたとのことです。

 

そんな一人フルボッコはマシだと言いましたが、ということはフルボッコにしたことは認めているようです…

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前田日明 プロフィール

前田日明 フルボッコ
(画像引用元:https://trendy.nikkeibp.co.jp

生年月日    1959年1月24日
血液型     A型
出身地     大阪府大阪市大正区
リングネーム  前田 日明、クイック・キック・リー、前田 明
身長      192cm

 

少年時代はウルトラマンに夢中でゼットンに倒されたシーンを見てショックを受け、ウルトラマンの仇を討つために打倒ゼットンを志し少林寺拳法を習います。

 

北陽高校時代は空手とバイクに熱中し、1977年に佐山聡さんにスカウトされ、新日本プロレスへ入団します。

 

1978年8月25日に長岡市厚生会館の山本小鉄戦でデビューし、将来のエース候補として期待されていました。

 

1982年2月に海外修行でイギリスへ渡り、1983年1月25日にはウェイン・ブリッジを破ってヨーロッパ・ヘビー級王座を獲得します。

 

凱旋帰国後は、ダイナミックな技で人気レスラーとなり、甘いマスクで女性ファンも多かったとのことです。

 

1984年2月29日の合同練習を最後に前田は新日本プロレスを離脱し、同年で3月からWWFに遠征しています。

 

同月25日にはWWFインターナショナル・ヘビー級王座を獲得し、その後第1次UWFへの移籍したが対立してUWFは解散します。

 

1985年12月6日に新日本プロレスに復帰し、1986年10月9日には異種格闘技戦で勝利したことで「新格闘王」と呼ばれ、プロレス界以外からも注目を浴びます。

 

1988年2月1日に新日本プロレスからプロレス道にもとる行為を理由に解雇されますが、1988年5月12日に第2次UWFを旗揚げします。

 

第2次UWF解散後の1991年春にはリングスを設立し、1999年からリングスもバーリトゥードに近いKOKルールを採用しています。

 

2002年にリングスは活動停止したが、リングスKOKルールを採用した格闘技イベントZSTが開催されます。

 

2005年にはビッグマウスのスーパーアドバイザーになるが2006年に脱退、「HERO’S」にスーパーアドバイザーとなってもいます。

 

2008年1月21日にはいわゆる「不良」を主な対象としたアマチュアの格闘技大会「THE OUTSIDER」の立ち上げもしています。

前田日明フルボッコ動画!坂田ボコボコの真相は大事な地方興行を台無しにしたから!

前田日明さんが坂田亘さんをフルボッコにしたのは、地元が応援してやっと開かれた大事な興行を台無しにしたからでした。

 

そして、あれでも前田日明さんの時代よりはマシだったようです…

 

そんなボコボコ動画は流石に現代ではやりすぎですが、前田日明さんはそれだけ鹿児島のファンの期待に応えたかったという思いは凄く強いことが伝わりました。

 

せばな~