ミュージシャンとして活躍している小山田圭吾さんですが、若い頃には障害者をいじめたりして、その過去を語っています。

 

そんな、小山田圭吾さんが異常とも言われる、若い頃に犯したいじめ等の事件とは?

 

ということで今回は、小山田圭吾さんの異常と言われる若い頃に犯した事件を紹介します。


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小山田圭吾の異常まとめ!若い頃に障害者いじめや窃盗?

小山田圭吾が障害者いじめ

小山田圭吾さんは異常なまでの障害者いじめをしており、いじめの発案して、他の人達に実行させていたことを語っていたのです。

小山田「あとやっぱりうちはいじめがほんとすごかったなあ

でも、いじめた方だって言ったじゃん。
小山田「うん。いじめてた。けっこう今考えるとほんとすっごいヒドイことしてたわ。この場を借りてお詫びします(笑)だって、けっこうほんとキツイことしてたよ

やっちゃいけないことを。
小山田「うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ

いや、こないだカエルの死体云々っつってたけど「こんなもんじゃねぇだろうなあ」と俺は思ってたよ。
小山田「だけど僕が直接やるわけじゃないんだよ、僕はアイディアを提供するだけで(笑)」

アイディア提供して横で見てて、冷や汗かいて興奮だけ味わってるという?(笑)
小山田「そうそうそう!『こうやったら面白いじゃないの?』って(笑)」

ドキドキして見てる、みたいな?
小山田「そうそうそう!(笑)」

いちばんタチ悪いじゃん。
小山田「うん。いま考えるとほんとにヒドイわ」

小山田圭吾が調布のショッピングセンターで窃盗

小山田圭吾さんは若い頃、調布の店で万引きを何度も繰り返し、100万円近く万引きしていたのです。

小山田「なんか万引きが発覚してさ、先生が『何月何日にどこどこで万引きして』とか言ってさ。調布のヘンなショッピングセンターみたいな超万引き場所みたいなのがあってさ。で、最初はくだらないもん盗んでたんだけどだんだんエスカレートして、一人デッカいカーステ盗んだやつが居てさ(笑)

小山田「盗んだときは見つかんなかったの。それで便所に行ってもう箱がじゃまだからトイレの外にボーンって捨てたら、トイレの外に落ちてきたのが見つかって(笑)。僕はそん時には居なかったんだけど、捕まってそいつが全部白状しちゃって。で、そこまでやってたのがもう半端じゃない金額になってて、マジで100万近くになっちゃってて」

ああいうのってエスカレートすんだよね。
小山田「そうそうそう!1コうまく行くともうガンガン行くじゃん(笑)。それで小沢に怒られて」

はははは。何かいまのポジションと全然変わってなくないか?
小山田「いやあ、僕は基本的に全然変わってないですよ」

いじめ発言がきっかけで対談企画をする

そんな上記の小山田圭吾さんのいじめ発言がきっかけで、「いじめをエンターテイメント」とした、いじめた人と、いじめられた人との対談を企画したのです。

 

なんでも、雑誌「クイック・ジャパン」vol. 3号(1995年8月・51-72頁)にて、「村上清のいじめ紀行」という記事を書き、

いじめた側の人がその後どんな大人になったか、
いじめられた側の人がその後どうやっていじめを切り抜けて生き残ったのか、

との興味から、いじめた人と、いじめられた人との対談を企画をしたのです。

 

もちろん、対談は実現せずにいじめた小山田圭吾への個人インタビューとなり、またしても壮絶ないじめをした小山田圭吾さんの過去を自分で暴いていたのでした。

小山田圭吾による転校生の沢田のいじめ

小山田圭吾さんは言語障害ぽかった転校生の沢田さんをイジメていました。

沢田って奴がいて。こいつはかなりエポック・メーキングな男で、転向してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に。
それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)。だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、もういきなり(言語障害っぽい口調で)「サワダです」とか言ってさ、「うわ、すごい!」ってなるじゃないですか。

で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。なんか学校でウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか?
だから、何かほら、「ロボコン」でいう「ロボパー」が転校してきたようなもんですよ。(笑)。
で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)、ある意味、スターですよ。

段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、「おい、沢田、大丈夫か?」とか言うと、「ダイジョブ…」とか言ってんの(笑)
そこに黒板消しとかで、「毒ガス攻撃だ!」ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、「ヤバいね」「どうしようか」とか言って、
「じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう」って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな…?何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、「おかあさ~ん」とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。

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小山田圭吾の高校時代

小山田圭吾さんは高校時代も様々な無茶ないたずらをしていたようです。

ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。
だけど、こいつチンポがデッカくてさ、小学校の時からそうなんだけど、高校ぐらいになるともう、さらにデカさが増しててさ(笑)女の子とか反応するじゃないですか。
だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。

こういう障害がある人とかって言うのは、なぜか図書室にたまるんですよ。
図書室っていうのが、もう一大テーマパークって感じで(笑)しかもウチの学年だけじゃなくて、全学年のそういう奴のなぜか、拠り所になってて、きっと逃げ場所なんだけど、そん中での社会っていうのがまたあって、さっき言った長谷川君っていう超ハードコアなおかしい人が、一コ上で一番凄いから、イニシアチブを取ってね、みんなそいつのことをちょっと恐れてる。
そいつには相棒がいて。耳が聞こえない奴で、すっごい背がちっちゃいのね。
何か南米人とハーフみたいな顔をしてて、色が真っ黒で、そいつら二人でコンビなのね。
ウチの学年のそういう奴にも威張ってたりとかするの。

何かたまに、そういうのを「みんなで見に行こう」「休み時間は何やってるのか?」とか言ってさ。そういうのを好きなのは、僕とかを含めて三、四人ぐらいだったけど、見に行ったりすると、そいつらの間で相撲が流行っててさ(笑)。図書館の前に、土俵みたいなのがあって、相撲してるのね。

太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。体育倉庫みたいなことろでやってたの、クラブ自体が。
だから、いろんなものが置いてあるんですよ、使えるものが。
だから、マットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたりとか。
小道具には事欠かなくて、マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバイよね、きっとね(笑)

小山田圭吾による村田のいじめ

小山田圭吾さんは村田さんに対するイジメも語りました。

村田は、小学生の頃からいたんですよ。こいつはちょっとおかしいってのも分かってたし。
だけど違うクラスだったから接触する機会がなかったんだけど、中学に入ると、同じクラスになったから。

で、さまざまな奇行をするわけですよ。
村田っていうのは、わりと境界線上にいる男で、やっぱ頭が病気でおかしいんだか、ただバカなんだか、というのが凄い分りにくい奴で、体なんかもちっちゃくて、それでこいつは沢田とは逆に癇癪が内にむかうタイプで、いじめられたりすると、立ち向かってくるんじゃなくて、自分で頭とかを壁とかにガンガンぶつけて、「畜生、畜生!」とか言って(笑)、ホントにマンガみたいなの。
それやられるとみんなビビッて、引いちゃうの。「あの人、やばいよ」って。

お風呂に入らないんですよ、こいつは(笑)まず、臭いし、髪の毛がかゆいみたいで、コリコリ頭掻いてるんですよ。
何か髪の毛を一本一本抜いていくの。それで、10円ハゲみたくなっちゃって、そこだけボコッとハゲてルックス的に凄くて。
勉強とか全然できないし、運動とかもやっぱ、全然できないし。

村田は、別に誰にも相手にされてなかったんだけど、いきなりガムをたくさん持ってきて、何かみんなに配りだして。
「何で、あいつ、あんなにガム持ってるんだ? 調べよう」ってことになって、呼び出してさ、「お前、何でそんなにガム持ってるの?」って聞いたら、「買ったんだ」とか言っててさ。
三日間ぐらい、そういう凄い羽振りのいい時期があって。そんで付いて行って、いろんなもん買わせたりして。

そんで、三日間くらいしたら、ここに青タン作って学校に来て。
「おまえ、どうしたの?」とかきいたら、「親にブン殴られた」とか言ってて(笑)。
親の財布から十五万円盗んだんだって。
でも何に使っていいか分かんないから、ガム買ったりとかそういうことやって(笑)。だから、そいつにしてみればその三日間っていうのはね、人気があった時代なんですよ。
十五万円で人が集まってきて。
かなりバカにされて、「買えよ」って言われてるだけなのに。

修学旅行でプロレスイジメ

小山田圭吾さんは自身だけでなく、先輩が村田さんに対して行った壮絶ないじめも語っています。

ウチの班で布団バ~ッとひいちゃったりするじゃない。
するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。
たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(注・村田君)軽いからさ、楽勝でできんですよ。
ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつにプロレス技なんかかけちゃってて。
おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。
いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ~ン!”とかやってたんだけど。

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。
なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。
「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)。そいつとか正座でさ。
なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。
だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。

そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。
「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え~」とか思ったりして(笑)。
「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ~ん」とか言っちゃって。

いじめられた村田のその後。

虐められた村田さんはその後、取材によりパチンコ屋の住み込み店員をやっていましたが、中学時代はいじめで自殺を考えるほどだったです。

村田さんの家に電話する。お母さんが出た。聞けば、村田さんは現在はパチンコ屋の住み込み店員をやっているという。高校は和光を離れて定時制に。

お母さん「中学時代は正直いって自殺も考えましたよ。でも、親子で話し合って解決していって。ウチの子にもいじめられる個性みたいなものはありましたから。小山田君も元気でやっているみたいだし」

住み込みの村田さんは家族とも連絡が取れないらしい。パチンコ屋の電話番号は、何度尋ねても教えて貰えず、最後は途中で電話を切られた。
沢田さんに電話してもお母さんが出た。電話だけだとラチが開かないので、アポなしでの最寄り駅から電話。「今近くまで来てるんですが……」田園調布でも有数の邸宅で、沢田さんと直接会うことができた。

お母さんによれば、”学習障害”だという。家族とも「うん」「そう」程度の会話しかしない。現在は、週に二回近くの保健所で書道や陶器の教室に通う。社会復帰はしていない。

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれているから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

寡黙ながらどっしりと椅子に座る沢田さんは、眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。ちょっとホーキング入ってる。

■(小山田と)対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんのほうを見る)」

■小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。

小山田圭吾による在日朝鮮人の朴へのからかい

小山田圭吾さんは在日朝鮮人の朴(仮名)も文化の違いでからかってていました。

 いじめっていうのとは全然違って、むしろ一緒に遊んでた奴なんだけど、朴(仮名)ってのがいて。こいつは名前の通り朝鮮人なんだけど、朝鮮学校から転校して来たのね。で、なんでからかわれたんだっけ……、とにかく、本当にピュアでいい奴なのね。だからなんだろうけど。あ、思い出した! これ実は根深いんだけど。初日の授業で、発表の時にはりきって「はい」って手挙げたんだけど、挙げ方がこんな(ウルトラマンのスペシウム光線に似たポーズ)だったのね。それで教室中大爆笑になって、それでからかわれ始めた。でもそれは朝鮮学校の手の挙げ方だったのね。

あと、こいつの家は親がきびしくて、門限が五時とか。で、無理やりひきとめてサ店とか入って、食うだけ食って五時過ぎたら「じゃあ!」とか言って(笑)

ここの親は、怒るとすぐ子供を坊主にしちゃうのね。で、朴がラジカセを買うって一万円ためてたんだけど、ある時、ベランダに閉じ込められて、窓とか鍵閉められちゃったの。そしたら窓ガラス蹴り破って出てきて。先生に叱られて結局ラジカセの一万円でガラス代弁償することになったの(笑)。次の日、やっぱりこいつ坊主になってました(笑)。

で、ある日「おまえ、そんな家出ちゃえよ。ウチ泊めてやるから」とか半分冗談でアドバイスしたら、ホントに朝の六時に駅から電話がかかってきた。仕様が無いから迎えに行って家に置いてあげたんだけど、こいつのバッグが着替えじゃなくて教科書で一杯でさ。夏休みなのに(笑)。しかも弟に「小山田の家に行く」って思いっきり告げてきちゃったらしくて、結局すぐ親が迎えに来て。僕は怒られた(笑)。

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小山田圭吾によるダウン症へのいじめ

これは小山田圭吾さんだけでなく、小山田圭吾さん達がダウン症が同じ顔だと笑っていたと語りました。

他だったら特殊学校にいるような子が普通クラスにいたし。私立だから変わってて。僕、小学校の時からダウン症って言葉、知ってたもん。
学校の裏に養護学校みたいなのがあるんですよ。町田の方の田舎だから、まだ畑とか残ってて。
それで、高校の時とか、休み時間にみんなで外にタバコ吸いにいったりするじゃないですか。で、だいたいみんな行く裏山があって。

タバコ吸ってたり、ボーッとしてたりなんかするとさ、マラソンしてるんですよ、その養護学校の人が。で、ジャージ着てさ、男は紺のジャージで、女はエンジのジャージで、なんか走ってるんですよ。で、ダウン症なんですよ。

「あ、ダウン症の人が走ってんなあ」なんて言ってタバコ吸ってて。するともう一人さ、ダウン症の人が来るんだけど、ダウン症の人ってみんな同じ顔じゃないですか?

「あれ? さっきあの人通ったっけ?」なんて言ってさ(笑)。
ちょっとデカかったりするんですよ、さっきの奴より。
次、今度はエンジの服着たダウン症の人がトットットとか走っていって、「あれ? これ女?」とか言ったりして(笑)。
最後10人とか、みんな同じ顔の奴が、デッカイのやらちっちゃいのやらがダァ?って走って来て。
「すっげー」なんて言っちゃって(笑)

小山田圭吾 プロフィール

小山田圭吾 異常
(画像引用元:https://image.middle-edge.jp

別名      Cornelius
生年月日    1969年1月27日
出身地     東京都世田谷区
活動期間    1987年~

 

セツ・モードセミナーに通う傍ら、中学校の同級生であった小沢健二らと共にフリッパーズ・ギターを結成しメジャーデビューします。

 

解散後はしばしの期間を経て、小山田圭吾さんによるソロプロジェクト「Cornelius」として音楽活動を再開します。

 

また音楽プロデューサーとしても多くのミュージシャンの活動に貢献してもいます。

 

1992年にはレコードレーベル「トラットリア(Trattoria Records)」を主宰し、活動期間10年にわたり、250の作品をリリースします。

 

1997年にはアメリカのレーベルと契約したことにより、「FANTASMA」「POINT」の2作を世界21カ国で発表します。

 

2003年にはNHK-FMにおいて「小山田圭吾の中目黒ラジオ」を放送し、毎回このために製作されたDJミックスを公開しています。

 

さらに世界最大の映像の祭典「RESFest」にノミネートされたミュージッククリップ「DROP (DO IT AGAIN)」が、ベストオーディエンス賞を受賞をしたりと映像でも活躍しています。

 

2008年には日・米・欧・豪でのツアーの模様が伝えられ、映像作品集「SENSURROUND + B-Sides」が、アメリカ「第51回グラミー賞」最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞にノミネートされます。

 

2016年には8年ぶりとなるアメリカツアーを行い、2017年にはBeckの日本武道館公演にゲスト出演したりもしています。

小山田圭吾は異常?若い頃に障害者いじめや窃盗がヤバイ!

音楽界で活躍している小山田圭吾さんですが、若い頃のいじめ語りはドン引きしました…

 

周りの環境に合わせたかもしれませんが、このいじめ対談企画をさせるのはかなりのクズっぷりですね…

 

作品には罪はなかったり、昔だからというのもあるかもしれません。

しかし、少なくともいじめた側は忘れても、虐められた側は一生背負って恨んでいるのでしょう。

 

せばな~