覚せい剤逮捕の影響でやつれていた清原和博さんですが、今現在の顔が変化してもとに戻っているとのことです。

 

そんな清原和博さんの今現在の顔の変化は?

 

ということで今回は、清原和博さんの今現在の顔の変化について紹介したいと思います。


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清原和博の今現在の顔変化!最新情報の画像は?

2016年2月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、有罪判決を受けた清原和博さんがNumber930号「清原和博『告白』」での独占インタビューに応じますが、その姿が以前と比べて別人のような姿で驚かせました。

清原和博 現在 画像
(画像引用元:http://number.ismcdn.jp,https://daily.c.yimg.jp

 

そんな清原和博さんですが、今度は職務質問をした新宿署員が注射痕を発見して報道されましたが、その時の顔は元に戻っていると話題なります。

清原和博 現在
(画像引用元:http://livedoor.blogimg.jp

 

実際に清原和博さんは顔が元に戻ったのか、元の清原和博さんと、やつれた清原和博さんと比べてみると…

清原和博 現在
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清原和博 現在
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確かにだいぶ元のよう張りのある顔が戻っており、職務質問でも笑顔を見せつけていました。

清原和博の現在は職務質問でヤバイ?

職務質問されてしまった清原和博さんですが、注射痕はあくまでも治療の痕で覚せい剤はやっていませんでした。

「あの日は2ヵ月に1度の糖尿病の治療と検診の日でした。新宿に行ったのは、自分を支援してくれている人が経営する焼き肉店があるから。そこで夕食をとろうとしたんです」

「カバンの中身をあらためられ、身体検査などをされました。その際、腕に採血の痕が見つかり、警察官が『尿を取らしてほしい』と言うので、『糖尿病検査の際にできた注射痕だ』と説明しました。日付入りの血液検査結果と、処方された糖尿病の薬を見せました」

清原が「やってない!」とまくしたて、警察官とモメたという報道があったが、本人は「終始、冷静に対応しました」と言う。写真を見る限り、たしかに緊迫感はゼロだ。ちなみに尿検査終了後、警察とは円満に別れたという。

そして、警察ともモメておらず、現在はだいぶ心に余裕があるようです。

清原和博の現在は夜遊び復活でスピリチュアル?

清原和博さんは週1回のペースで薬物治療の病院に行き、体重が増えるとジムに行く以外は家に引きこもり状態でした。

 

しかし、このところはホームグラウンドとも言うべき新宿歌舞伎町で目撃されており、夜遊びしていた番長が復活していたと言われています。

 

そのため、現在は心が弱いので目を離すと危うと、懇意にしているマスコミ関係者が定期的に再びクスリに手を出していないかチェックしているとのことです。

 

また、メディアの露出も復活しており民法は無理ですが、2017年12月29日にはNetflix「スピリチュアルハウス」に出演していました。

清原和博 現在
(画像引用元:http://image.news.livedoor.com

「スピリチュアルハウス」では江原啓之さんにスピリチュアル受け、「死にたい。生きていくのがつらい」「毎日に何度も死を考えることがある」と、涙を流しながら衝撃の告白していました。

 

やはり番長で夜遊びしていたとしても、現在もやっぱり心は不安定で危なっかしい状況なのかもしれません…

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清原和博 プロフィール

清原和博 現在
(画像引用元:http://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com

出身地     大阪府岸和田市
生年月日    1967年8月18日
血液型     B型
身長      188 cm
選手情報
投球・打席   右投右打
ポジション   一塁手
プロ入り    1985年 ドラフト1位
初出場     1986年4月5日
最終出場    2008年10月1日(引退試合)

 

高校時代はPL学園高校に入り、桑田真澄さんとは「KKコンビ」と呼ばれ、後には桑田清原世代と言われるほど、その高校野球時代を代表する人物でした。

 

そして、甲子園通算最多本塁打数記録である13本塁打を放ち、高校通算64本塁打を記録を持ち、6球団から1位指名される鳴り物入りでプロ入りを果たします。

 

残念ながら志望していた巨人から見放され、西武に入りましたがデビュー出場でプロ初打点・初安打・初本塁打と華々しくデビューします。

 

1986年シーズンでは、本塁打31、打率.304及、打点78が高卒新人の歴代最高記録を残し、新人王に選出されています。

 

1989年6月4日には史上最年少となる21歳9ヶ月での100号本塁打を達成しており、1992年6月26日には同じく史上最年少となる24歳10か月で200号本塁打を達成もしています。

 

1997年からの巨人時代からは、最初は4番で3番・松井秀喜とのコンビは「MK砲」、後に高橋由伸さんが加わり「MKT砲」となったりと代表する選手となります。

 

しかし、その後は度重なる故障に悩まされましたが打率・本塁打・打点とも好成績を残し、サヨナラを演出する勝負強さで日本一に貢献してきました。

 

2004年はペタジーニとの併用で出場試合数が激減し、2005年に戦力外通告を出されて、2006年からはオリックスに移籍しました。

 

オリックス時代の2006年には通算サヨナラ本塁打(12本)及び通算サヨナラ安打(20本)でプロ野球歴代単独トップとなり、記録を打ち立てます。

 

ところが、2007年はプロ入り初の1軍試合出場なしで終わり、2008年には事実上の引退発言記者会見を開き、10月1日のシーズン最終戦、対ソフトバンク戦が引退試合となりました。

 

引退後は日刊スポーツ (大阪本社) と専属評論家として契約したり、バラエティ番組やテレビCMにも数多く出演してタレント活動をしていきました。

 

2014年には違法薬物使用疑惑が「週刊文春」によって報じられ、2016年2月には覚せい剤取締法違反(所持)容疑で警視庁に現行犯逮捕され、話題となってしまいました。

清原和博の今現在の顔変化!最新情報は元に戻って番長復活?

清原和博さんの今現在ですが、元の顔に変化しており、だいぶ元気になったようです。

 

しかし、覚せい剤の治療は何十年もずっとですので、今後も油断できません。

 

ただ、少しだけ元の番長に復活できたのは、かつて清原和博選手を応援したファンにとっては喜ばしい最新情報ですね。

 

せばな~