覚せい剤で逮捕されてからすっかり消えてしまった清原和博さんですが、現在の姿が変わりすぎて別人と話題になっているようです。

 

中毒を抜くということでかなりお辛い影響かもしれませんが、いったいどれほど変わってしまったのでしょうか?

 

ということで今回は、清原和博さんの現在がどれほど変わってしまったのか紹介したいと思います。


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清原和博 プロフィール

清原和博 現在
(画像引用元:http://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com

出身地     大阪府岸和田市
生年月日    1967年8月18日
血液型     B型
身長      188 cm
選手情報
投球・打席   右投右打
ポジション   一塁手
プロ入り    1985年 ドラフト1位
初出場     1986年4月5日
最終出場    2008年10月1日(引退試合)

 

高校時代はPL学園高校に入り、桑田真澄さんとは「KKコンビ」と呼ばれ、後には桑田清原世代と言われるほど、その高校野球時代を代表する人物でした。

 

そして、甲子園通算最多本塁打数記録である13本塁打を放ち、高校通算64本塁打を記録を持ち、6球団から1位指名される鳴り物入りでプロ入りを果たします。

 

残念ながら志望していた巨人から見放され、西武に入りましたがデビュー出場でプロ初打点・初安打・初本塁打と華々しくデビューします。

 

1986年シーズンでは、本塁打31、打率.304及、打点78が高卒新人の歴代最高記録を残し、新人王に選出されています。

 

1989年6月4日には史上最年少となる21歳9ヶ月での100号本塁打を達成しており、1992年6月26日には同じく史上最年少となる24歳10か月で200号本塁打を達成もしています。

 

1997年からの巨人時代からは、最初は4番で3番・松井秀喜とのコンビは「MK砲」、後に高橋由伸さんが加わり「MKT砲」となったりと代表する選手となります。

 

しかし、その後は度重なる故障に悩まされましたが打率・本塁打・打点とも好成績を残し、サヨナラを演出する勝負強さで日本一に貢献してきました。

 

2004年はペタジーニとの併用で出場試合数が激減し、2005年に戦力外通告を出されて、2006年からはオリックスに移籍しました。

 

オリックス時代の2006年には通算サヨナラ本塁打(12本)及び通算サヨナラ安打(20本)でプロ野球歴代単独トップとなり、記録を打ち立てます。

 

ところが、2007年はプロ入り初の1軍試合出場なしで終わり、2008年には事実上の引退発言記者会見を開き、10月1日のシーズン最終戦、対ソフトバンク戦が引退試合となりました。

 

引退後は日刊スポーツ (大阪本社) と専属評論家として契約したり、バラエティ番組やテレビCMにも数多く出演してタレント活動をしていきました。

 

2014年には違法薬物使用疑惑が「週刊文春」によって報じられ、2016年2月には覚せい剤取締法違反(所持)容疑で警視庁に現行犯逮捕され、話題となってしまいました。

清原和博の現在が顔変わった?変化しすぎて別人なのか画像比較!

2016年2月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた清原和博さん。

 

その後の2016年3月には保釈されますが、メディアからは当然のバッシングを受け、現在は薬物と戦っているようです。

 

そんな清原和博さんがNumber930号「清原和博『告白』」での独占インタビューに応じますが、その姿が以前と比べて別人のような姿で驚かせたようです。

清原和博 現在 画像
(画像引用元:http://number.ismcdn.jp,https://daily.c.yimg.jp

確かに毒が抜けたような雰囲気すらも変わったように見えます。

 

清原和博さんは逮捕による後悔もありますが、支援の「付き人」であった恩人が自殺と不幸が重なったこともあり、かなり意気消沈したことでしょう。

 

そのため、現在は強気な兄貴といった毒気が抜け、別人と化したのかもしれませんね…

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清原和博の現在が顔変わった?毒気が抜けて変化しすぎて別人?

清原和博さんの現在はすっかり毒気が抜けたのか、顔が変化して別人と化してしまったようです。

 

それだけ精神的にも参っているのかもしれませんが、やはり自分で振りまいたタネでもありますので、反省し、なんとか昔のように元気な姿を取り戻してもらいたいです。

 

せばな~