2018年6月3日放送の「行列のできる法律相談所」では、ミスユニバース日本代表の加藤遊海さんが出演して極貧サバイバル生活を紹介するようです。

 

そんな、加藤遊海さんの極貧サバイバル生活とは?

また、なぜ加藤遊海さんは極貧サバイバル生活をしたのでしょうか?

 

ということで今回は、加藤遊海さんの極貧サバイバル生活について、

  • 極貧サバイバル生活をした理由は?
  • 極貧サバイバル生活内容は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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加藤遊海 プロフィール

加藤遊海 貧乏
(画像引用元:https://pbs.twimg.com

生年月日    1996年7月10日
出身地     愛知県名古屋市
身長      173 cm
活動
モデル内容   一般

 

5歳の時に両親とマレーシアへ移住して生活し、マレー語、英語、日本語、マレー語を話すことができるトリリンガルです。

 

16歳の時に帰国し茶道の家元にも入り、日本着物の着付け師の資格も持ったりしています。

 

2015年の19歳の時にモデルデビューし、2016年「旅チャンネル」でレポーターを務めたりしています。

 

またマレーシアではテレビドラマ「J・K・K」に出演して女優デビューもしています。

 

2017年からはタレントとして「天才!志村どうぶつ園」に出演してもいます。

 

2018年3月にミス・ユニバース・ジャパンに三重県代表として出場し、日本代表に選出されたことで露出が増えて知名度を高めています。

加藤遊海の貧乏サバイバルとは?いじめがきっかけでティオマン島生活!

加藤遊海はいじめにあっていた?親にティオマン島流しにあう!

実は加藤遊海さんは中学の時にいじめにあい、引きこもりますが、親にティオマン島流しにあいます。

 

加藤遊海さんはいじめに遭い、人と関わるのが怖い子になり、家に1年間引きこもりました。

 

そこで両親は幼少の頃よく行っていたマレーシアのティオマン島へ加藤遊海さんを行かせたのです。

 

しかも、加藤遊海さんは14歳の時に飛行機のチケットとリュックをもたせて飛行場に置いて行ったのでした。

 

しかし、ティオマン島では5歳の時から家族とよく行ってた島だったため、村人たちが優しく接してくれたようです。

加藤遊海 サバイバル
(画像引用元:https://ameblo.jp

 

そんなティオマン島を経ていじめを乗り越え、現在は「いじめにあって立ち直れない子供達に希望を与えれる人間になりたい」とのことです。

 

実際にミスユニバースに出た理由にも以下のように述べています。

私の目標は世界の人々に日本の良さや日本人の素晴らしいところを知ってもらいたい。世界中にはまだたくさん貧しすぎて教育が受けれない子供達、食べ物がない子供達、たくさんいます。その人たちの力になれる人になりたい。今日本の大きな問題の一つはイジメ、いじめにあって立ち直れない子供達に希望を与えれる人間になりたい。

 

このようにいじめからティオマン島流しで乗り越え、現在はいじめで立ち直れない子どもたちに希望を与えるためにミス・ユニバースに出場したのでした。

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ティオマン島のサバイバル生活とは?

ティオマン島ではダイビングショップで働きながら、住居と食事はあったが、成長期だから食べる物足りなかったようです。

 

そのため、加藤遊海さんは村人と素潜りをして素手で魚を獲る、山の中でシカを捕まえると狩りをしていたのです。

加藤遊海 サバイバル
(画像引用元:https://scontent-nrt1-1.cdninstagram.com

さらに足をゲガした時はウジが湧いた事もあるが、湧いたウジは海に潜ると魚が食べてくれるとかなりサバイバルな生活をしていたのでした。

 

そんなサバイバルな生活をしていたため、息切れせずに山上りも出来。

現在はモデルとしてスタイル抜群ですが、島でサバイバル生活をしていた時のほうが自然に鍛えられて体が引き締まっていたとのことです。

加藤遊海はティオマン島で貧乏サバイバル!いじめで親に島流しで乗り越える!

加藤遊海さんは学生時代にいじめに遭いましたが、ティオマン島流しにあって乗り越えたのでした。

 

しかし、そのティオマン島でのサバイバル生活は、自給自足で狩りをしたりと日本の生活とはかなりかけ離れていたのでした。

 

そんな経験を活かし、ワイルドでサバイバルな加藤遊海さんが今後も日本でどんな活躍をするのか注目ですね!

ヨシコヨシコ

いくらよく行っていた島でも島流しする親もすごいね!
せばな~