上小阿仁村が医者をインフルエンザの無診察処方させて懲戒処分するいじめをしたと話題になっています。

 

そんな、上小阿仁村は本当に医者にイジメをして辞めさせていた悪の村なのでしょうか?

また、上小阿仁村の医者が辞めていった経歴は?

 

ということで今回は、上小阿仁村さんの医者について、

  • 上小阿仁村で医者が辞める理由はいじめは本当?
  • 上小阿仁村の医者の辞任歴は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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上小阿仁村は悪の村?医者いじめ辞任歴?医師辞める理由は?

上小阿仁村で医者が辞める理由はいじめは本当?

上小阿仁村で当初は村民からのいじめで医者が辞めたそうですが、他にも医者が問題だったり、医者の健康不良だったりと色々な要因で次々と辞めていったようです。

 

実際に「2007年4月に退職した医師から3人は村民との関係性が退職に結び付いている可能性がある」と担当者が語っており、いじめの可能性が高いようです。

 

そして、いじめをした理由は

  • 医者の方針に一部の老人から大批評
  • 5、6人らしく一部の不満を持った人がいじめ

等と色々な原因があるようです。

 

その結果、患者からのいじめで

  • 昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに「患者を待たせておいて買い物か」と住人に責められる。
  • 年間休日18日。土日や祝日も村内回り、お盆期間も診療を続けた。しかし盆明けの8月17日を休診にすると「平日なのに休むとは一体何を考えているんだ」と批判した住人がいた。
  • 診療所向かいの自宅に「急患にすぐに対応できるように」と、センサー式照明を設置費用・電力費用を自費で設置したが、「税金の無駄使いをしている」と苦情を言った住人がいた。
  • 自宅に嫌がらせのビラが撒かれた。
  • 辞めていった医師の中には、村の広報紙に村人の医師への対応について苦言を呈した者もいたが、何も改善されなかった。

があったと、「読売新聞」で報じられているほどでした。

 

そのため、現在の上小阿仁村の医師は健康不良で辞める場合もあったが、すでに「医者をいじめて辞めさせる悪の村」のイメージで、辞めればイジメが原因だと言われているのでした。

上小阿仁村の医者いじめの発端は元村長が原因?

上小阿仁村で医者いじめの発端は元村長の小林宏晨さんの税金の無駄遣いの批判が、診療所への医者常駐も税金の無駄遣いと反発から発展したと言われています。

 

上小阿仁村で2007年は小林宏晨さんが村長に就任したのですが、ワンマンな村長で住民に相談無く、放射性廃棄物最終処分場の誘致。
村に全世帯に無料で使えるテレビ電話を設置したが使われなかったりと批判されていました。

 

そして、事業費は6億円かかったらしく、住民は税金の無駄遣いだとかなり反発されたようです。

 

そんな税金の無駄遣いの反発が診療所への医者常駐にも牙を向き、医者も税金の無駄遣いだと批判・いじめが始まったとのことです。

 

確かにいじめ発端の元村長の小林宏晨さん就任は2007年で、いじめが始まったのは2007年4月に退職した医師からなので時系列的には合っています。

上小阿仁村の医者の辞任歴は?

医者が2007年6月依願退職

長年上小阿仁村に勤務していた医者は、当時の村長とのあつれきで2007年6月に退職しました。

 

2007年4月に小林宏晨村長が就任した際、医者は就任早々に高額なCTスキャンを購入して欲しいとお願いしました。

 

しかし、村長は財政立て直しに着手して無駄を省く方針なので拒否し、その対応に激怒した医者は直後に村に辞表を提出したとのことです。

 

ただ、村の元幹部の証言では、

「これがきっかけでB先生は辞めてしまった。『高額な医療費を購入したらメーカーからキックバックがあるから、B先生はそれを狙ってたんだ』などといわれてました」

と、医療メーカーのキックバック目的で医療器具を購入したかったフシがあったようです。

松沢俊郎医師は2008年2月に着任して6ヶ月で退職

2008年2月に松沢俊郎医師が着任しましたが、村民からのいじめを理由に4か月で辞意表示・着任から6か月で退職しました。

上小阿仁村 悪の村
(画像引用元:http://imgcc.naver.jp

 

松沢俊郎医師は栃木県で20年間も地域医療に従事した後、インターネットで上小阿仁村が医師を公募していることを知り

「この村が、医師として最後の勤務地。人への愛情、興味が尽きない限り、診療を続けたい」

と、志高く上小阿仁村の診療所にやって来ました。

 

ところが、4か月で辞意表示・着任から6か月で退職しており、2008年9月号の村の広報紙で村側に

この村の執行部の人々の、医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあった。

「『次の医者』を見つけることは相当に困難でしょうし、かりに見つかってもその人も同じような挫折をすることになりかねないものがあります

等と、村にいじめがあったことを批判して明らかにしたのでした。

 

確かに待遇は年収2000万円で、診療所の近くに建てられた車庫付き一戸建て住宅、賃料も月額5000円とかなりの高待遇なため、村民は税金の無駄遣いと不満があったのかもしれません。

 

また、松沢俊郎医師はお薬を出さない方針で、以前の医師は薬を出しまくる方針で、従来のやり方と違うと一部の老人たちには大不評でいじめを受ける要因となったようです。

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女性医師は2009年1月に着任して2011年3月に退職

2009年1月に女性医師が着任したが、一部の村民のいじめにより2011年3月に退職しており、この女性医師のいじめ退職が「医師いじめの村」のイメージを決定づけさせました

上小阿仁村 悪の村
(画像引用元:http://imgcc.naver.jp

 

2009年1月に離島やタイで医療に従事した経歴を持つ有沢医師が新たに着任しましたが、男尊女卑の激しい地域のせいか一部の村民によるいじめを受けていました。

 

実際に村民は有沢医師がいじめにあった実情を語りました。

「D先生は本当に献身的に村のために頑張ってくれた方なんですよ。辞意表明をされたとき、村民から600以上の署名が集まり慰留されたほど。いじめをしていたのは5、6人らしいですが、先生は犯人が誰かを明かさなかったので、みんな真相を知らない。あといたずら電話も頻繁にあったみたいです。でも、辞めた後に『いじめくらいで辞めるなんて、これだから女は』という厳しい声もありました。この村は男尊女卑の激しい地域。女医というだけでやりづらかったと思います」(村に住む60代女性)

 

他にも小林宏晨・前村長は当時の取材に

(一部村民からの)言われ無き中傷により、心に傷を負わせてしまったことが最大の原因

と、いじめを村長が認めました。

 

そのため、有沢医師は翌2010年3月に辞意を表明、「後任が見つかるように」との理由から2011年3月をもって離職すると発表しました。

 

このように人気はあって慰留の署名まで起きたが、一部の激しいいじめで辞めるほど壮絶であり、これが上小阿仁村を「医師いじめの村」「悪魔の村」のイメージを決定づけさせたのでした。

伊尻孝一医師は2011年6月に着任して2012年10月に退職

2011年6月に伊尻孝一医師が着任したが、村長と上手く行かずに2012年10月に退職しました。

 

2011年6月に着任した伊尻孝一医師は気が強いタイプで、実際に辞める際に

「マスコミはまたいじめで医者が辞めるなんて騒ぎたてるかもしれないけど冗談じゃない! いじめなんてないし、むしろオレが村民をいじめたくらいだ!(苦笑)」

と、今回はいじめによる辞任ではなかったようです。

 

実はその時の村長と仲が悪く、診療所で医師と村長がが言い争う姿も目撃され、医師本人から直接に村長と上手くいかないから辞めると聞いたとのことです。

 

そのため、伊尻孝一医師の辞任はいじめではなく村長との仲の悪さとのことですが、すでに「医師いじめの村」とされているため、いじめによる早期退職と言われてしまったのでした。

マッドサイエンティスト西村勇医師は2012年10月に着任して2012年11月に退職

マッドサイエンティスト西村勇医師は2012年10月に着任したが、体調不良を理由に2012年11月の1ヶ月で退職しました。

 

2012年10月に着任した西村勇医師は「人間現象の哲学的および実験的研究」をしており、いじめの上小阿仁村を研究対象として現れたマッドサイエンティストとして注目されました。

 

ところが、西村勇医師は体調不良を訴え、病院で診察を受けたら手術が必要な病気を患っていることが判明

そのため、これ以上の診療は不可能と西村勇医師ご本人の申し出もあり、2012年11月の1ヶ月で退職してしまったとのことです。

 

ただ、西村勇医師でトラブルが起きていたらしく、就任6日目の10月18日早朝に不審者が現れて悩んでいたようです。

就任6日目の10月18日早朝、診療所裏の自宅(歴代医師が寝泊まりしている住居)の外で物音がするためF医師が窓の外を確認したところ、何者かが窓のすぐそばの柱によじ登って家の中をのぞこうとしていたというのだ。

さらに10月30日には自宅車庫のシャッターを一部破損させられるなどの被害を報告、村側が地元警察に被害届を提出している。

捜査をした北秋田警察署は「故意に何者かが壊したような形跡はなく、事件性はない」としている。

だが、F医師と交流のあった村民は「トラブル以降、F先生は夜も眠れなくなったと漏らしていた。でも村側は“狂言”と取り合わなかった」と証言する。この村民の話が事実なら、辞任理由は健康問題のみではない可能性もある。

しかし詳しく事情を知る村関係者や北秋田署の話を聞いた上で、実際に現場を見たが、F医師の訴えは矛盾点が多すぎる。はっきり言って彼の訴えは「人をおちょくってる」レベルの与太話の印象なのだ。どうして彼は村の人を困らせるような話をしたのか……。

 

しかし、西村勇医師もマッドサイエンティストで変人だったらしく、

「確かにF先生は変な人でした。楽しく話していたのに突然不機嫌になったり、同じ話を何度も繰り返したり。先生が村民の行動を研究するために演技をしていた可能性? いや、さすがにそれはないでしょう(苦笑)」

と、医者か村民のどっちが悪いのか分からないようです。

岸部陞医師は2012年11月に着任して2013年4月に退職

岸部陞は2012年11月に着任したが、2013年4月に退職しました。

 

岸部陞医師は前北秋田市長で所長に就任し、診療を再開したとのことでは後任が決まるまで当分の間、診療を続けてもらう方針であると発表されました。

上小阿仁村の医者
(画像引用元:https://www.city.kitaakita.akita.jp

 

しかし、2013年4月30日付けで岸部陞医師は退職することを発表し、5人連続で1年ほどで医者が辞める伝説を残します。

 

岸部陞医師は「小学校時代を過ごした村で診療を終えるのは心残りだ」と話していたそうです。

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上小阿仁村の現在の医師はインフルエンザの無診察処方させて懲戒処分

2013年8月19日に内科医の柳一雄医師が着任して現在も上小阿仁村にいますが、今度はインフルエンザの無診察処方させて懲戒処分となりました。

 

柳一雄医師はかつて診療所の前身に当たる施設で勤務した経験もあり、2013年8月19日に着任して現在も常勤医師として活動をしていました。

 

ところが、2019年2月にインフルエンザの無診察処方させて懲戒処分となりました。

 秋田県上小阿仁村国保診療所が5日から7日までの3日間、内科医の柳一雄所長(80)が不在で患者を診察していないにもかかわらず、処方箋を発行していたことが8日分かった。無診察での処方箋の発行は医師法に抵触する行為。県北秋田地域振興局鷹巣阿仁福祉環境部が詳しく調べている。

診療所を運営する村によると、柳所長がインフルエンザに感染したため、診療所の内科は5日から8日まで休診だった。ところが、同じ薬を定期的に処方してもらっている複数の患者が訪れたことから、看護師が柳所長と連絡を取り合い、3日間で計44人に処方箋を発行したという。7日に県から指摘を受け、それ以降は発行していないとしている。

引用:男性内科医を懲戒処分 上小阿仁村・診療所処方箋問題

 

そんな柳一雄医師のインフルエンザの無診察処方は、村民が休診なのに患者が殺到して仕方なく薬を処方した医者を懲戒処分したいじめだと話題になりました。

 

本当に村民が悪いのかは分かりませんが、やはりいじめのイメージにより、医者ではなく村民が悪いと思われてしまったようです。

上小阿仁村は悪の村?医者いじめ辞任歴?医師辞める理由はイジメもある!

実際に上小阿仁村で医者いじめがありましたが、近年は村民というより健康や村長が原因があったそうです。

 

ただ、「上小阿仁村=医者いじめ」というイメージが定着したため、少しでも医者のトラブルがあれば村民が悪いと思われる事態になっています。

 

果たして上小阿仁村でこの医者いじめの払拭できるのか、できるとしたら同じ医者が10年以上はいないと難しそうですね…