2017年9月2日放送の「しくじり先生」に出演する野球解説者の森本稀哲さんは、新庄剛志さんの影響を受けすぎてしくじったことを告白します。

 

そんな新庄剛志さんの影響を受けすぎてしくじった森本稀哲さんですが、日ハムに新庄剛志さんが加入した当初は敵意を持っていたとのことです。

 

いったい、なぜ森本稀哲さんは新庄剛志さんに敵意を向けて、それから師弟関係を結ぶまで仲良しになったのでしょうか?

 

ということで今回は、森本稀哲さんが新庄剛志さんと師弟関係を結ぶまで仲良くなった経緯を紹介したいと思います。


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森本稀哲 プロフィール

森本稀哲 新庄剛志
(画像引用元:http://www.sankeibiz.jp

出身地     東京都荒川区
生年月日    1981年1月31日
身長      185 cm
選手情報
投球・打席   右投右打
ポジション   外野手、一塁手
プロ入り    1998年 ドラフト4位
初出場     2000年8月2日
最終出場    2015年9月27日

 

帝京高校では3年生の時に主将、遊撃手となり活躍し、1998年ドラフトにて日ハムに4位指名を受けて入団しました。

 

2年目の2000年に一軍初出場・初本塁打を記録し、当初は主に守備・代走要員として起用されていました。

 

それから2003年に1番・中堅手で初めて開幕スタメン起用されますが、ポジションを奪われて守備・代走要員でとどまります。

 

ところが2006年からは自身初の規定打席に到達し、本塁打・打率ともに自身過去最高を記録、パ・リーグ最多得点を記録し、ゴールデングラブ賞を初受賞と活躍します。

 

2007年も不動の1番打者としてリーグ最多得点と初の打率3割でゴールデングラブ賞、初のベストナインとなり、2008年もゴールデングラブ賞を受賞しています。

 

2009年からスタメンの出場が減り、2010年を最後に横浜ベイスターズへ移籍します。

 

2011、2012年はケガに悩まされてスタメン機会が減少し、2013年には球団から戦力外通告を受けます。

 

それからテスト生として参加して、2013年11月19日に西武球団への入団内定し、2014年には開幕一軍入りで出場します。

 

2015年も開幕一軍入りしましたが結果を残せず二軍落ちとなり、引退を決意し2015年9月21日に引退試合が行われました。

 

現役引退後は経営学を学ぶ目的でコンサルティング等の事業を行う一般企業へ入社し、2016年からはコメンテーターとして活動をしています。

 

また野球解説者としても「テレビ北海道」「TVQ九州放送」「テレビ神奈川」等に出演して解説しています。

森本稀哲は新庄剛志に敵意向けていた?ひちょりが新庄と師弟関係を結んだ経緯?

「なんで新庄を獲るんだよ!」

実は新庄剛志さんが日本球界に復帰して日ハムに入った当初は、森本稀哲さんは新庄剛志さんに敵意を向けて態度も冷たく酷かったのです。

 

当時、森本稀哲さんはプロ入りしたがレギュラーに定着できない期間が長く続き、心を閉ざしてコーチからのアドバイスを素直に受け入れられないとやさぐれていたのでした。

 

そのため、チーム内の先輩をも煩わしく感じ、関係を持つことを避けていたのです。

 

そして、新庄剛志さんが入団する前年には坪井智哉選手という強敵が来ていました。

 

そんな時に新庄剛志さんという強敵が加入したため、森本稀哲さんにとっては敵意しかなったのです。

 

そんな森本稀哲さんの敵意は新庄剛志さんも感じていたらしく、新庄剛志さんが何を言っても態度はツンツンで冷たく酷かったようです。

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森本稀哲と新庄剛志が仲良くなったきっかけは?

仲良くなったきっかけはロッカーが隣で同じメーカー用具を使用していたことから話が弾み、守備についてアドバイスをもらえるようになったと自然に仲良くなっていったようです。

森本稀哲 新庄剛志
(画像引用元:https://rr.img.naver.jp

そして、新庄剛志さんと話していくうちに社交性を取り戻し、後輩からも慕われる現在のメディアに見せている面白い森本稀哲さんへとなっていったのです。

 

特に新庄剛志さんには後輩の接し方のイロハを学び、だからこそ後輩にも森本稀哲さんは慕われる存在となっていったのです。

 

ただ、新庄剛志さんが日ハムに入団した翌年に、今度は強敵の稲葉篤紀さんが加入した時は、森本稀哲さんは稲葉篤紀さんにツンツンしていたようです。

 

しかし、この時にレフト・森本、センター・新庄、ライト・稲葉と当時は脅威の鉄壁の外野陣となっていました。

森本稀哲は新庄剛志が嫌いから師弟関係へ!ひちょりの活躍は師匠のおかげ!

実は新庄剛志さんがきた当初は心を閉ざして敵意を向けていましたが、自然と会話をしているうちに仲良くなり、影響を受けていきました。

 

そのせいでしくじり先生として登壇してしまいましたが、その御蔭で新庄剛志さんと稲葉篤紀さんと並んで鉄壁の外野陣として活躍できたのでしょう。

 

今後も新庄剛志さんの良い所を真似して、解説者として活躍することを期待しています。

 

せばな~