フォトジャーナリストの広河隆一氏から性被害が認定されて話題になっています。

 

そんな、フォトジャーナリスト広河隆一氏が行った性暴力やセクハラとは?

 

ということで今回は、性被害が認められた、広河隆一氏の性暴力・パワハラ・セクハラ歴を紹介します。

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広河隆一氏の性被害とは?性暴力・パワハラ・セクハラ歴!

広河隆一の性的暴力・セクハラ・パワハラ歴

広河隆一に2週間毎晩レイプ

広河隆一は海外に同行した女性を逃げられない状況にし、2週間毎晩レイプされたことが告発されました。

 ジャーナリストに憧れていた翔子さん(当時20代前半)が広河氏と出会ったのは、2000年代後半の秋。大学で「女性差別」をテーマにした集会があり、広河氏が講演した。終了後、翔子さんは広河氏から声をかけられ、広河氏の個人事務所で作品整理などのアルバイトをすることになった。

ほどなく、広河氏から海外取材に同行してほしいと言われたが、現地のホテルに行くと、部屋は一つしか用意されていなかった。

そこで、広河氏にこう言われたという。

「取材先の男性スタッフたちが、君を貸してほしいと言っている。僕らの滞在中、彼らは君を借りてセックスしたいそうだ。彼らにとって君は外国人だからね。君はどうするか。彼らとセックスするか。それとも僕と一つになるか。どっちか」

そこからの2週間は悪夢のような日々だった。翔子さんは「2週間、毎晩レイプされた。逃げたくても、知らない国で誰にも助けを求められず、彼の言うことを聞くしかなかった」と振り返る。

こうした証言を、広河氏はどう受け止めるのか。電話やメールで再三取材を申し入れ、代理人の弁護士を通じても催促したうえで6日間待ったが、氏からの回答はなかった。

引用:広河隆一氏に「2週間毎晩襲われた」新たな女性が性被害を告発

広河隆一は海外に同行した女性に取材先の男性スタッフたちに襲われるか、広河隆一にレイプされるかどっちかにしろと強姦を強要。

そして、女性は逃げられない状況にして、2週間毎晩レイプしていたとのことです。

写真の個人的に指導と約束守って性的暴力

広河隆一は写真の個人的に指導と言ってホテルに連れ込み、性的行為をして写真を指導をする約束を守ってアリバイを作っていました。

ホテルの部屋に呼び出された

女性は大学生だった10年ほど前、DAYS編集部でアルバイトをすることになった。

「フォトジャーナリストになりたいという夢を持ちはじめた頃でした。狭い業界の中でも広河さんは雲の上の上のすごい人で、神様のようなイメージでした。そんな人のつくるすごい雑誌の編集部で働けることがうれしく、できるだけ多くのことを学びたいと意気込んでいました」

初めて編集部を訪れた日、帰り道で駅に向かっている途中、電話が鳴った。広河氏本人からだった。

「これが僕の携帯なので、これからもよろしくね」

手の届かないような人なのに面倒見がいいんだな、と感じたという。それから1カ月ほど経ってから、女性は撮影した写真を広河氏に見てもらう機会があった。

「写真が下手だから個人的に教えてあげるよ」

そう言われて、指導の場所として指定されたのは、東京・新宿の京王プラザホテルだった。

「カメラを持ってこいと言われたので、周辺の緑があるところで撮影するためにホテルで待ち合わせるのかなと思っていました」

ロビーに到着して電話をかけると、部屋に上がってくるように言われた。

「原稿が忙しいときはホテルにカンヅメになると聞いていたので、仕事場にしている部屋で待ち合わせなのかな、と思いました。尊敬していたし、当たり前のように信頼していたので、特に大きな疑問は持ちませんでした」

ドアを開けると、部屋はきれいに片付いていた。

「一言か二言しゃべったかもしれませんが、はいじゃあベッドに座って、という感じで、あっという間にキスをされて押し倒されました」

「最初はなんとか逃れられないものかと思っていたのですが、よしよしという感じで体を撫でられたときに、自分の心と体がフリーズしたような感覚になり、固まって動けなくなってしまいました」

 

やり過ごすしかない

女性がそんな状態になってしまったのには理由がある。

広河氏はDAYS編集部で、ささいなことで激昂し、理不尽にスタッフを怒鳴ったり罵倒したりすることが何度もあったという。

「そうなったらもう、刺激をしないように息をひそめ、嵐が過ぎ去るまでやり過ごすしかないというのがわかってきた頃でした。そのパワハラと同じことがセクシュアルな行為で起きてしまったのです」

性行為が終わると、広河氏は「これからモデルの子が来るからベッドをきれいにして」と女性に伝えた。モデルが部屋に着くと、「ストロボの使い方はこうやって」などと何事もなかったかのような態度で女性に写真を教えはじめた。

「何が起きたのか考えるすきを与えないというか、結果的に写真を教える約束は守った形になるわけですから、アリバイを作られたと感じました」

権力を振りかざして性的暴力

広河隆一はフォトジャーナリスト界の”神様”のような存在のため、権力を上手くアメとムチを使っていました。

 

実際に証言によると、怒鳴って見捨てられると女性に思わせて、甘い囁きで体の関係を持つ手口をしていたのです。

「フォトジャーナリストを目指す人にとって、学びの場所は限られています。広河氏は人脈が広く、有名人と知り合いであることを会話の端々ににじませていました。広河氏に睨まれて見捨てられたらこの業界で生きていけない、すべてが絶たれてしまう、という危機感がありました」

そんな中、ささいなことで突然、広河氏から「事務所を出ていけ!」と怒鳴られる出来事があった。

「写真で伝える仕事がしたかったのに、私の夢がすべて終わってしまう。最も業界で名が知られていて、最も人脈がある人に怒られてダメ出しされたらもうやっていけない、という強迫観念に近いような感覚になっていました」

絶望し、泣きながら歩いていたときに広河氏から電話がかかってきて、タクシーに同乗するように言われた。行き先は、新宿・歌舞伎町のホテル。

「こういうときは、体を重ねてわかりあうのが一番だから」というようなことを言われ、裸の写真も撮られた。

「こんなすごい人を怒らせたのが悪かったんだという罪悪感と、性行為をしてしまったことの嫌悪感。自分が何重にもダメだったんだ、という自責の念が頭の中をぐるぐるしていました」

その後、女性はDAYS編集部を離れる決断をした。深夜に編集部で広河氏と二人きりになった時、背後から抱きつかれて「挿れたい」と言われ、もう限界だと感じたからだ。

社員に電話で「理由は話せませんがもう明日から行けません」と伝えたとき、事情を察したような反応だったのが気にかかった。

「他にも被害に遭った人がいたのではないか、と思うようになりました。それでも、裸の写真を撮られてしまったことが怖くて、声をあげることはできませんでした」

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広河隆一の対談記事が載った通販生活がなぜか回収せずに炎上

広河隆一の性的暴力が明るみになったが、雑誌「通販生活」に掲載された広河隆一の対談記事が回収されずにそのまま載せたことで炎上しました。

 

「通販生活」によると文春から広河隆一セクハラ知った時には、すでに印刷も終了していたため、そのまま出版することにし、弁明のコメントを載せたようです。

 

しかし、回収して内容を差し返して出版することも可能ということもあり、そのまま「通販生活」が載せられたのことに批判的な声が出ていたようです。

広河隆一氏による性被害を認定

そんな広河隆一による性被害は検証委員会から認定されました。

写真誌「DAYS JAPAN」の元発行人でフォトジャーナリストの広河隆一氏から性暴力やセクハラを受けたと複数の女性が証言した問題で、同誌の発行元であるデイズジャパンは27日、有識者による検証委員会の報告書をホームページ上で公表した。報告書は深刻な性被害やセクハラ、パワハラが多数あったことを認定した。

報告書は、広河氏が同社を経営したほぼ全期間にわたり、性交の強要や裸の写真撮影、激しい叱責などを行っていたと指摘。聞き取りに対し、広河氏が「記憶があいまい」と述べるなど、態度が極めて不誠実だったことを明かした。

引用:広河隆一氏による性被害を認定

そのため、改めて谷口真由美さんが証言したことが正しいと証明され、人権派が女性の人権を侵害していたのです。

広河隆一 プロフィール

広河隆一 性被害
(画像引用元:https://up.gc-img.net

生年月日    1943年9月5日
出身地     中華民国天津市
国籍      日本
別名      廣河隆一
教育      早稲田大学教育学部
職業      フォトジャーナリスト、戦場カメラマン、政治活動家
活動期間    1967~

 

大学在学中の二回生の時に「カメラルポルタージュ研究会」と称するドキュメンタリークラブ立ち上げ、卒業後の1967年にイスラエルに渡航、農業ボランティアのかたわらヘブライ語を学習します。

 

イスラエルの戦争を目の当たりにし「マツペン」という反シオニスト的な政治団体で活動を行い、エルサレムで反シオニズム写真展を開催した後、1970年に帰国します。

 

以降は中東諸国を中心に取材活動行っており、1982年には第一次レバノン戦争に関する取材を行い、よみうり写真大賞を受賞をしています。

 

2002年7月には日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)設立し、2003年12月には廃刊になっていたDAYS JAPANを再創刊すべく株式会社デイズジャパンを設立します。

 

2004年3月にはフォトジャーナリズム月刊誌「DAYS JAPAN」を再創刊して編集長を務めます。

 

2011年には「戦場カメラマンという仕事」という書籍に寄稿、福島第一原発事故には福島の子ども保養プロジェクト「NPO法人 沖縄・球美の里」名誉理事長となっています。

 

2015年12月には「広河隆一 人間の戦場」と称するドキュメンタリー映画がリリースされ、自身も映画に出演しています。

広河隆一氏の性被害とは?性暴力・パワハラ・セクハラ歴が認められる!

ついに性被害が認められてしまった広河隆一氏。

そのため、人権の尊重や保護を重視する人権派なのに、女性差別を繰り返すと間逆なことをしていたようです。

 

果たして広河隆一氏は「女性差別の世界的人権派」と矛盾を作り出して、記憶が曖昧と逃げるのか注目です。

 

せばな~

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