2017年6月2日放送の日本テレビ「究極の○×クイズSHOW 超問!真実か?ウソか?」で出題される問題で、気になる問題がありました!

 

「八王子の由来は『8人の王子』?」

 

さか「八王子」がそんな分かりやすい由来なのでしょうか?

また、そんな「八王子」という名前が広まった経緯や起源は?

 

ということで今回は、八王子の由来や起源、この地名が広まった経緯を紹介したいと思います。


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八王子の由来は8人の王子?起源や名前が広まった経緯は?

実際に「八王子」は牛頭天王(ごずてんのう)と8人の王子をまつる信仰の広がりから、八王子神社や八王子権現社等が立てられて「八王子」として地名となりました。

八王子 由来
(画像引用元:http://www.butsuzou.com

そして「八王子」の由来となった牛頭天王をまつる信仰は、もともとインドから中国を経て伝わってきたものです。

 

日本では疫病や農作物の害虫そのほか邪気を払い流し去る神として信仰され、中世には牛頭天王に従う8人の神々とともに、あらゆる人間の災い司る神として広がったようです。

 

ちなみに牛頭天王と8人の王子をまつる信仰によって作られた八王子神社にも、8人の童子(王子)を伴った神が現れた言い伝えがあります。

八王子という名前が広まった時期は?

「八王子」という名前が広まった時期ははっきりと分かっていません。

 

しかし、記録としてはっきり残っているのは、1569年5月8日に北条氏康さんの書状に、で「八王子方面」の意味で「八王子筋」という表現を使って書かれています。

八王子 由来
(画像引用元:http://www.city.odawara.kanagawa.jp

八王子城の築城で定着した地名?

記録としてはっきり「八王子」が残っていた時期は、北条氏と武田信玄が闘いをしていた時で、北条氏が書いたものでした。

 

そして武田信玄が「八王子方面」に攻め込んでくるという意味で「八王子筋」と使ったところからです。

 

そんな戦いの後、北条氏照は、この八王子神社が建立されている深沢山に天下統一を目論む豊臣秀吉の戦いに備えて「八王子城」を建てます。

八王子 由来
(画像引用元:https://i0.wp.com

ところが1590年6月23日に豊臣軍に1日で落城させられます。

 

こうして落城後は、徳川家康の代官大久保長安によって町が発展していき、「元八王子村」と呼ばれるようになり、現在も「八王子」へとなっていったようです。

 

このように「八王子」は牛頭天王と8人の王子をまつる信仰が起源で、八王子神社や八王子城の建築、それから街の発展から「八王子」という町が定着していったようです。

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八王子の由来は8人の王子だった!起源や名前・地名が広まったのは歴史的背景!

「八王子」は牛頭天王と8人の王子をまつる信仰と実際に8人の王子から由来されていました。

 

そして、武田信玄との戦いのために使った言葉としてすでに北条氏が使っており、八王子神社といった信仰、また八王子城が建てられたり、村の発展から「八王子」という地名が定着していったようです。

 

なんとも分かりやすくて、良い名前ですね!

 

みなさんも、「八王子」に訪れたなら、この起源・由来である牛頭天王と8人の王子をまつる信仰について調べてみてはいかがでしょうか?

 

せばな~