2018年1月22日放送の「激レアさんを連れてきた。」では、横綱だった若乃花こと花田虎上さんがアメフトに転身した激レアだったようです。

 

なぜ横綱と相撲で頂点を極めた若乃花こと花田虎上さんがアメフトを挑戦したのでしょうか?

 

ということで今回は、花田虎上さんがアメフトに挑戦した理由と、アメフトでの結果はどうなったか調査したいと思います。


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若乃花がアメフト?花田虎上の挑戦理由は?

花田虎上(若乃花) プロフィール

若乃花 アメフト
(画像引用元:http://articleimage.nicoblomaga.jp

本名      花田 勝
愛称      お兄ちゃん、若、若様、若関
生年月日    1971年1月20日
出身地     東京都中野区
身長      180cm

 

1988年3月に明治大学付属中野高等学校を中退し、藤島部屋に入門し、1988年3月場所初土俵を踏みました。

 

1990年3月場所で新十両となり同年9月には新入幕、1991年11月に小結昇進、1993年3月には初の幕内最高優勝し、同年5月には関脇に昇進しています。

 

1993年には横綱曙・大関貴ノ花との三つ巴優勝決定戦に出場し、惜しくも優勝を逃したが、文句なしの大関昇進を果たします。

 

1995年には史上初の兄弟による優勝決定戦で、今でも若貴対決として語り継がれており、優勝を果たしております。

 

さらに1998年5月場所で2場所連続優勝を果たしたことにより、横綱昇進を決めました。

 

ところが、怪我により立て続けに休場し、休場説得を振り切り進退を掛けて2000年3月場所に出たが勝てず、現役引退を発表しました。

 

引退後の2000年12月には突如日本相撲協会を退職し、タレントに転身、スポーツキャスターとしても活動していきました。

 

また、2002年にドリームアーク社を設立し、「Chanko Dining 若」、「うどんダイニング若」、「&kitchen」、「Onii Chan and Kitchen」、またフードコート業態「わかどん」、「ちゃんこうどん」等とプロデュースしてきました。

 

ところが2010年5月にドリームアーク社は東京地裁に自己破産、それでも2012年には個室居酒屋「若の台所」「赤鶏御殿」、ラーメン屋「若のらーめん」をプロデュースしたりと挑戦しています。

花田虎上(若乃花)がアメフト?挑戦の理由は?

そもそも、花田虎上さんは相撲に全く興味がなくて早く辞めたく、横綱になったら辞めさせてやる”と親父に言われてしていただけでした。

 

そして、花田虎上さんの小さい頃からの夢は”米アメフト入り”だったのでした。

 

しかし、横綱にまで上り詰めた花田虎上さんですから、父、元大関・貴ノ花、元二子山親方には角界に残るよう説得されていました。

 

それでも、花田虎上さんが、アメフトと外に出たいと考えたのは、様々なスポーツに興味を持ち活動した長嶋さんへの憧れでした。

若乃花 アメフト
(画像引用元:https://image.middle-edge.jp

長嶋茂雄さんはアメフト体験でタックルを受け、肋骨を骨折したことがあります。

 

そんな、骨折するまで興味を持つ長嶋茂雄さんの姿に強く印象を持ち、花田虎上さんもそうなりたいと「外の世界」にこだわり、アメフトに挑戦したのでした。

 

確かに、その後、プロデュース業と破産しても何度も手広く広げている、花田虎上さんらしい挑戦のように見えます。

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花田虎上(若乃花)のアメフト挑戦結果は?

花田虎上さんは米アメフト挑戦の足がかりとして、2001年に日本のアメフトリーグ「Xリーグ」のオンワードスカイラークスにラインバッカーとして入部しました。

花田虎上 アメフト
(画像引用元:http://articleimage.nicoblomaga.jp

そして、キッキングチームなどで計3試合に数プレー出場しました。

 

それから2002年にアメフト最高峰のNFLへの“登竜門”、AFL1部アリゾナ・ラトラーズ入りを目指しました。

 

しかし、「就労ビザが取れなかった」という理由で、”米アメフト入り”の夢は絶たれました

 

一応、ビザ問題が発生したとしても、「実力+人脈」があればなんとかできたようですが、花田虎上さんには実力・スター性ともにNFLには程遠かったとのことです。

若乃花がアメフト?花田虎上の挑戦理由は長嶋茂雄の助骨骨折からの憧れ!

若乃花こと花田虎上さんはもともと相撲に興味がなく、米アメフト入りが夢でした。

 

そして、ミスターこと長嶋茂雄さんの骨折するほど様々なスポーツに興味を持った姿に後押しされ、相撲引退後、アメフトに転身したのでした。

 

残念ながら、花田虎上さんのアメフト挑戦は失敗に終わりましたが、こうやって何にでも挑戦してきたからこそ、現在も様々なプロデュース業に携わって挑戦しているのでしょう!

 

今後もその飽くなき挑戦で、プロデュース業、タレントとして活躍することを期待しています!

 

せばな~