2018年6月7日放送の「直撃!シンソウ坂上」では、あさま山荘事件について紹介されるようです。

 

そんなあさま山荘事件には5人の犯人がいますが、逮捕その後の現在はどうなっているのでしょうか?

 

ということで今回は、あさま山荘事件事件について、

  • あさま山荘事件の犯人その後の現在は?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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あさま山荘事件の犯人その後の現在は?

あさま山荘事件とは、1972年2月19日~2月28日間、日本の新左翼組織連合赤軍のメンバー5人が、浅間山荘の管理人の妻(当時31歳)を人質に立てこもった事件です。

 

連合赤軍が凶暴な犯行を繰り返しながら逃走し、事件発生直前には坂口弘、坂東國男、吉野雅邦、加藤倫教、加藤元久の5名となりました。

あさま山荘事件 犯人その後
(画像引用元:http://agency-inc.com

そんな連合赤軍の逃げていた5人が長野県北佐久郡軽井沢町にある河合楽器の保養所「浅間山荘」に行き着いて、管理人の妻を立てこもったのです。

 

警視庁機動隊及び長野県警察機動隊が人質救出作戦を行うが難航し、死者3名(機動隊員2名、民間人1名)、重軽傷者27名。

 

さらに人質は219時間監禁されており、警察が包囲する中での人質事件としては日本最長記録となってしまったのです。

 

最終的に10日目の2月28日に部隊が強行突入し、人質を無事救出して犯人5名は全員逮捕されました。

 

ちなみに、この事件はテレビで生中継され2月28日の総世帯視聴率は最高視聴率89.7%、平均50.8%の視聴率と報道特別番組の視聴率日本記録となっています。

坂口弘のその後の現在

あさま山荘事件 犯人その後
(画像引用元:http://livedoor.4.blogimg.jp

坂口弘はあさま山荘事件前から左翼運動に参加して大量殺人に関与しており、殺人16件、傷害致死1件、殺人未遂17件で起訴されています。

 

板橋区の志村警察署上赤塚交番が襲撃、栃木県真岡市の銃砲店を襲撃、さらに12人の同志を殺害した山岳ベース事件も関わっていました。

 

そんな坂口弘はあさま山荘事件で逮捕され、その後は逮捕後は武装革命の必要性を疑問視し始め、特に「同志殺し」については反省を見せるなど勾留中の態度は優良でしたが起訴されます。

 

そして、東京地方裁判所で1982年6月18日に死刑判決を受け、控訴・上告するが全て棄却されて死刑が確定しています。

 

しかし、2018年現在も坂口弘は死刑囚として東京拘置所に収監されています。

 

これは、共犯者である坂東國男が国外逃亡して裁判が終了していないためとされています。

坂東國男のその後の現在

あさま山荘事件 犯人 現在
(画像引用元:http://www.asahicom.jp

坂東國男も連合赤軍幹部としてに12人の同志を殺害した山岳ベース事件も関わっており、その後にあさま山荘事件を起こすが逮捕されます。

 

逮捕後は40日間黙秘をしていたが、事件中に自殺した父親の位牌を見せられると、山岳ベース事件やあさま山荘事件に関する供述を始めたのでした。

 

ところが、1975年に日本赤軍が大使館を占拠し、職員ら約50名を人質として日本国内の刑務所に収監中の囚人解放を要求した「クアラルンプール事件」で超法規的措置により釈放・国外脱出します。

 

そのため、坂東國男のみ国外逃亡中で現在も裁判が終了していないのです。

 

しかも、あさま山荘事件後のダッカ日航機ハイジャック事件にも関与した罪も加わり、警察庁に指名手配中であると同時に国際手配されています。

 

また、2001年には日本赤軍の解散を宣言した重信房子に対し、南米から「日本赤軍解散宣言無効宣言」を発表もしていたのでした。

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吉野雅邦のその後の現在

あさま山荘事件 犯人その後
(画像引用元:https://i1.wp.com

吉野雅邦は栃木県真岡市の銃砲店を襲撃事件の実行犯の一人、脱走メンバー2人を殺害する印旛沼事件、12人の同志を殺害した山岳ベース事件も関わっており、その後にあさま山荘事件を起こすが逮捕されます。

 

逮捕後、吉野雅邦は17人を殺害した被告人として起訴され、1979年3月29日に検察の死刑求刑に対し、東京地方裁判所は無期懲役を言い渡し、控訴を棄却して確定します。

 

判決後は1983年3月から現在に至るまで千葉刑務所で服役、1998年には高齢者や体に障害を持つ受刑者を集めた所内の工場で「計算夫」という役割(工場内での受刑者の実質的な責任者)についています。

 

2012年には高齢者・障害者を収容する「工場」(実質は刑務所内の介護施設)での介助作業、受刑者が職業訓練として受ける陶芸の指導補助をおこなっていると手記に記しています。

加藤倫教のその後の現在

あさま山荘事件 犯人 現在
(画像引用元:https://i.ytimg.com

加藤倫教は山岳ベース事件で長兄が殺された時、弟の加藤元久と逃げだそうとしたができず、逃亡の最中、あさま山荘に立て篭もりました。

 

その後、あさま山荘で逮捕され、1983年2月に懲役13年の刑が確定して三重刑務所で服役していました。

 

ちなみに、事件当時は実名は伏せられて「少年A」と報道されています。

 

1987年1月に加藤倫教は仮釈放され、現在は実家の農業を継ぐかたわら、野生動物・自然環境保護の団体(日本野鳥の会愛知県支部、カキ礁研究会)に所属して団体の役員を務めて活動をしています。

 

また、環境保護活動家として、2005年の愛知万博(愛・地球博)における海上の森開発問題において海上の森を伐採から守る活動等もしています。

 

2014年3月21日にじゃあさま山荘事件の犯人側の人物としてインタビューを受け当時の心情を明かしてもいます。

加藤元久のその後の現在

加藤元久は山岳ベース事件で長兄が殺された時、次兄の加藤倫教と逃げだそうとしたができず、逃亡の最中、あさま山荘に立て篭もりました。

 

逮捕時は16歳であったため少年法で「少年B」と伝えられて実名は伏せられ、保護処分扱いとなっています。

 

その後の情報はなく、あさま山荘事件逮捕後のその後の現在がわかっていない唯一の人物のようです。

あさま山荘事件の犯人その後の現在も服役や逃亡している…

あさま山荘事件の犯人その後の現在ですが、坂口弘は吉野雅邦まだ服役中で、怖いのが坂東國男が国外逃亡してまだ活動をしているということです。

 

1972年と古い事件と思われますが、しかし未だに犯人は生きているということで身近に感じます…

 

正直「昔は良かった」といいますが、このような事件を聞くと「今のほうが安全でいいな」と思いました…

ヨシコヨシコ

現在も逃亡中の犯人がいて、事件が終わっていないことに驚きました。
せばな~