2016年8月11日に放送される「カンブリアの宮殿」で紹介される劇団わらび座。

 

劇団わらび座は秋田発で、地元を活性化させるために劇だけでなく、いろいろな経営を行い成功させています。

もちろん劇団としてもファンが多く人気となっています。

 

そんな劇団わらび座ですが、

劇団わらび座とは?

劇団わらび座ができたきっかけ、始まりは?

どんな経営、活動をしてきたの?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

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劇団わらび座とは?秋田を活性化させた経営?「劇団四季」「宝塚」に次ぐ人気?

わらび座とは

劇団わらび座は創設60年以上の歴史があり、国内外で年間1200公演を行って48万人を動員しています。

 

その人気ぶりから、「劇団四季」「宝塚」に次ぐ規模と人気の劇団です。

 

また劇団わらび座の特徴として拠点である秋田にこだわった題材のオリジナル作品を多いです。

劇団わらび座の始まりは?きっかけは?なぜ秋田を拠点に?

当時終戦から5年とすぐに朝鮮戦争が始まったことに心を痛めていた原太郎さんが、会社を辞めて仲間と2人で音楽活動を始めたのがきっかけです。

 

原太郎さんの音楽活動は反響もあり仲間も順調に増えていき、1952年にポプラ座と改名して北海道を拠点として周ります。

 

1953年には仲間の1人が秋田県出身ということで、秋田県に拠点を置いて「わらび座」として活動を始めました。

また秋田県は「民謡の宝庫」ということもあり、「民俗的で生活感のある芸術」を求めていた原太郎さんに取ってピッタリということも有り、秋田に拠点を置いたようです。

 

わらび座は劇団として歌や踊り、芝居と地元の公演で人気となります。

劇団わらび座、経営危機?きっかけはシェークスピア劇場?秋田県を活かした様々な経営?

劇団わらび座は人気で団員の数も増やして規模が拡大してい行きますが、団員たちが全員同じ価値観で一緒に生活するスタイルが時代に合わず、原太郎さん頼みということも有り、「倒産寸前」「団員が一気に150人辞める」といった危機となります。

 

そんな時に転機となったのが、米国オレゴン州アッシュランド市のシェークスピア劇場を視察したことでした。

 

そこで「地域の魅力の一環としてシェークスピア劇場を楽しんでいる」スタイルに感心し、秋田県の資源を活かす方法を考えました。

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温泉、ビール、工芸施設と色んな経営に手をだす劇団わらび座!

秋田県の資源を活かす方法考えつく前に、1992年に温泉を掘り当てて温泉宿「温泉ゆぽぽ」を開始していましたが、

それだけでなく、秋田の伝統工芸体験施設「森林工芸館」、地ビール「田沢湖ビール」の販売、伝統芸能の最先端研究施設「デジタルアートファクトリー」と様々な県民性のある経営をしました。

 

特に地ビール「田沢湖ビール」は3年連続「ワールド・ビア・アワードWorld’s Best」を受賞と評価も高いです。

劇団も進化した劇団わらび座!日本では劇団四季や宝塚歌劇団に次ぐ規模の劇団!

劇団としても1996年に秋田県仙北市のたざわこ芸術村に本拠地を移して再出発した劇団わらび座。

 

舞台も宝塚歌劇団から演出家の大関弘政氏、脚本家のジェームス三木さんと、様々な現代の一流の人を雇用して現代の舞台を取り入れようとしました。

劇団数も200人と規模を拡大していきます。

 

そしてオリジナルミュージカル公演は年間250ステージで、7つのチームで合わせて国内外で約1200回の公演、愛媛県東温市も「坊っちゃん劇場」と拠点とする劇場も構えるほどの規模の拡大を果たします。

 

2009年には年間25万人も感覚を動員し、いまでは「日本では劇団四季や宝塚歌劇団に次ぐ規模の劇団」と秋田ながら大きな規模の劇団となって人気となります。

秋田県を盛り上げる「劇団わらび座」!地域の魅力で経営成功!

劇団わらび座は地域の魅力の一部として舞台をする目的とし、様々な経営をして成功してきました。

 

それだけでなく、現代の舞台を積極的に取り入れつつ、地域性を活かした舞台で根強いファンを獲得して今や人気となりました。

 

自分の地元は秋田ですが、「劇団わらび座」がここまですごい規模だったとは知りませんでした…

 

これからも「劇団わらび座」には地域貢献とさらなる舞台の発展に頑張ってもらいたいです!

 

せばな~