長野五輪銅メダリストの植松仁さんが車内で体液を出したことで暴行容疑で逮捕されました。

 

そんな植松仁さんが逮捕された理由の体液とは何なのでしょうか?

また、現在はスケートを引退して何をしていたのでしょうか?

 

ということで今回は、植松仁さんの逮捕の原因である体液とは何なのかと、現在の活動を調査したいと思います。


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植松仁が体液出した暴行で逮捕!現在の活動は?

愛知県警は2017年11月30日に、電車内で女性の足に体液をかけた疑いがあるとして、植松仁容疑者を暴行容疑で逮捕したことを発表しました。

 

事件は2017年4月4日の朝、名鉄金山駅(名古屋市)から知立駅(愛知県知立市)に向かう電車内で女性(21)の右足に体液をかけた疑いがあり、今回逮捕されました。

 

植松仁さんは体液を出したことを認めているが、「かけるつもりはなかった」と容疑を否認しているとのことです。

植松仁が出した体液とは?なぜ体液と表現?

基本的に事件の報道に使われる「体液」とは9割「精液」、残りの1割は「尿や唾液」を指し、これを全部ひとまとめにして報道します

 

そのため、「体液」とはほとんどが「精液」のようですが、別にテレビでは「精液」は放送禁止用語ではありません。

 

ただ、性的な用語ということで各社報道が自主規制しているだけです。

植松仁 プロフィール

植松仁 体液
(画像引用元:http://job.chunichi.co.jp

生年月日    1974年6月21日
出身地     岐阜県羽島郡岐南町
身長      163cm
職歴      元スピードスケート、元競輪選手

 

植松仁さんは5歳の頃からショートトラックスピードスケートを始めます。

 

それからスケートを続けて就職したが会社が倒産したりと苦節を経て、就職が決まった後は、1996年全日本選手権総合優勝、1996、1997年世界選手権代表。1998年長野オリンピックでは500mで銅メダルを獲得します。

 

しかし、オリンピック後はスランプになり、会社の経営状況が悪化して解雇されます、

 

その後もスケートを続けていたが、実績から特別枠で日本競輪学校に入学できることを知り、プロスポーツ選手を志し、競輪選手に転向します。

 

競輪選手としては2001年8月11日に松阪競輪場でデビューし、同月18日には初勝利を挙げています。

 

それから伸び悩みもしましたが、2006年6月には上位クラスのS級に昇格し、そこでも苦戦を強いられていました。

 

しかも肝臓疾患によって疲労回復がままならず2007年9月以降から長期欠場し、2008年12月15日で復帰するが、2009年10月より再び長期欠場します。

 

2010年7月19日の大津びわこ競輪場で復帰したが、同年9月18日の松阪競輪場第10RS級特選2着を最後のレースとしてS級2班格付けのまま引退します。

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植松仁の現在

競輪引退後は、働いていた自転車店の客の紹介で、なんとか航空機部品会社に職を得ることが出来たとのことです。

 

しかし、そこで感じた「企業と選手の間の溝を埋めたい」として、会社を退職し、新たな事業を始めたのです

 

新しい事業は一般企業の社員向けに、トレーニング計画の経験を生かしたセミナーを開催したり、選手や競技団体向けの講習では、成績向上のアドバイスとともに、将来の仕事にも意識を向けもらうようにと支援活動をしているようです。

植松仁 現在
(画像引用元:http://honmaru-radio.com

これは、スケートと競輪時代に悩んだ植松仁さんだからこそという思いで、事業を始めており、そのために新たな挑戦をしていたようです。

植松仁の現在は選手の支援活動していたが体液出して逮捕

植松仁さんはスケートと競輪時代に悩んだ経験を活かし、新たな事業を始めて挑戦していたようです。

 

しかし、何を思ったのか、体液を電車内で出して逮捕されてしまいました。

 

今後は否定しているが本当ならば認め、しっかり反省し、自分が挑戦している事業に早く打ち込めることを祈っています…

 

せばな~