2016年12月5日放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀」では照明デザイナーの東海林弘靖さんが出演します。

 

照明デザイナーとは照明の知識を活かして、特殊な空間を光で演出する仕事となりますが、東海林弘靖さんはどんな作品を作ってきたのでしょうか?

 

またなぜ照明デザイナーと異色な職業に就いたのでしょうか?

 

ということで今回は、

東海林弘靖の経歴や照明デザイナーのきっかけは?

東海林弘靖さんは照明デザイナーとしてどんな作品を作ってきたの?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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東海林弘靖 プロフィール

照明 東海林弘靖
(画像引用元:http://www.japantwo.com/ja/people/lightdesign.php)

生年月日    1958年
出身地     福島県
出身大学    工学院大学大学院修了

経歴

学生時代

幼少期は福島県の田舎で過ごし、小学校から中学にかけては父の転勤に伴って5回の転向をを経験していますが、転校生というレッテルをプライドにしてきたという強気な東海林弘靖さん。

 

中学生の時に父親が新築を建てたことで、その仕事を間近に見て建築関係に興味を持ち始め、その頃からワクワクしながら間取り図を描いていたようです。

 

そして大学に進学するにあたって学院大学の建築学科に進むことになりました。

 

大学に進学して勉強したところ様々な大変な事があると発見した東海林弘靖さん。

 

どうやら良い建築家になるには自分では難しいと気づいたようです。

 

例えば家柄が良い方が偉大な建築家には多く、理由として早いうちに親族から仕事のチャンスがあったりして実績をつくることが出来ました。

 

しかし東海林弘靖さんには、そういった環境がなくこのまま正攻法では良い建築家になれないと気づいてしまいました。

「人とは違った付加価値のある建築家になればいいんだ」

そう考えた東海林弘靖さんは、ちょうどその頃出会った建築照明に目をつけます。

 

そしいて今まで学んできた建築知識に照明という付加価値をつけることで、新しい世界を作れるのかと感じたのが照明デザイナーを始めるきっかけでした。

照明デザイナーになり、現在の仕事まで

新宿NSビルが日本で初めて建築照明を取り入れたことが掲載さた雑誌から、建築照明の初めての出会いをした東海林弘靖さん。

 

その特集に感銘を受けた東海林弘靖さんは、その照明デザインに関わっていたTLヤマギワ研究所に目をつけて入社しようとあの手この手を使います。

 

当時は建築照明の知識がなかった東海林弘靖さんは、アピールしようとメートルほどの長さの巻物に筆字で入社の熱意を綴って送ったり、何度も会社を訪ねて面接をしてもらい、1984年に見事入社しました。

 

そこで建築照明の知識を7年間学んで、TLヤマギワ研究所の上司である面出薫さんの独立に着いていき、退社して1990年にLighting Planners Associatesで働き始めます。

 

今まで企業ということで制約がありましたが、独立してみて”どんな資本の制約にも縛られないデザインを考えたい”という思いが生まれ、それが東海林弘靖さんにとって照明デザイナーの本来の姿だと考えに至ったようです。

 

2000年に東海林弘靖さんが東京銀座に有限会社ライトデザインを設立して、現在は年間約20プロジェクト、常時約50プロジェクトが動いているような状態と大反響のようです。

 

他にもTLヤマギワ研究所に入社する際に面接をしてくれた大先輩に「僕たちは光の伝道師なんだよ」と言われて、光の素晴らしさを伝えるために講演会も開いています。

東海林弘靖の作品は?震災で照明デザインのあり方が変わった?

東海林弘靖さんは国際照明デザイナー協会・デザイン賞、北米照明学会デザイン賞など多数受賞し今では照明デザイナーとして有名人となりました。

 

しかし2011年の震災の衝撃をきっかけに照明デザインのあり方が変わったようです。

「私達は無駄な電気を沢山使って仕事をしていたのではないか、この仕事は必要ないのかもしれないとまで思いました。
更に、それまでは暗いところを明るくするのが照明だと多くの人は思っていましたが、震災後は暗さにも目を向けるようになってきました。
暗さというのはネガティブなものではなく、とても心地の良いものなんですよね。」

 

そして東海林弘靖さんはNHKの「旅のチカラ」という番組の企画で、パプアニューギニアの電気の無い島を訪問したことで、照明について深く考えさせられました。

「この島において照明とはなんですか?と尋ねてみると『光は命のシンボルだ』と答えられたんです。
今日も一日を無事に過ごすことが出来た証として光を灯す。
光が灯らない家があれば慌てて駆けつけるのだと。
それは私が考えもしなかった答えで、涙を堪えることが出来ないほどでした。」

震災とパプアニューギニアの訪問により、自分にとって照明とは何なのかと、更に深く考えた東海林弘靖さん。

 

そんな経験を経て、東海林弘靖さんにとって光を一言で表すと”命の証”と位置づけました。

東海林弘靖の作品一覧

二子玉川ライズ

東海林弘靖 作品
(画像引用元:http://ialdjapan.jp/wp/wp-content/uploads/2013/02/shojihiroyasu-LIGHTDESIGN-minamikanto1-futakotamagawarise.jpg)

2015年にはホテル、オフィスビル、映画館、スタジオ、フィットネスクラブ、家電店等を併設した複合施設です。

「水と緑と光」の豊かな自然環境と調和した街との事です。

 

住所:東京都世田谷区玉川1-5000,2-5000他

座・高円寺

東海林弘靖 作品

舞台芸術の創造と発信、及び、地域に根ざした文化活動の拠点となった「座・高円寺」の照明を担当したようです。

 

ここでは様々な芸術文化活動や交流を支援しており、その舞台の建物を照らす明かりとして役立っているようですね。

 

住所:東京都杉並区高円寺北2-1-2

デンタルプラザ福岡

東海林弘靖 作品
(画像引用元:http://ialdjapan.jp/wp/wp-content/uploads/2013/02/shojihiroyasu-LIGHTDESIGN-kyushu2-DENTAL-PLAZA-FUKUOKA.jpg)

株式会社モリタという会社の建物の照明も担当していました。

 

この会社は歯科医療関係なのか、すごくクリーンな照明の明かりを灯しているように見えます。

 

住所:福岡県福岡市東区松島1丁目31番10号

MAKIHAUS天神ショールーム

東海林弘靖 作品
(画像引用元:http://ialdjapan.jp/wp/wp-content/uploads/2013/02/shojihiroyasu-LIGHTDESIGN-kyushu1-MAKIHAUS.jpg)

福岡で唯一のワーレンドルフのキッチンが体感できるショールームとして建てられたMAKIHAUS天神ショールーム。

 

ここでは世界最高峰のキッチン「WARENDOLF(ワーレンドルフ)」を展示しており、その明かりを灯す照明として彩られています。

 

住所:福岡県福岡市中央区渡辺通BiVi福岡4F

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照明デザイナー東海林弘靖の経歴を知り、作品をご覧に!

建築家として照明デザイナーという道を進み、新しい世界を作り続ける東海林弘靖さん。

 

仕事を通じたり、また震災と様々な出会いによって照明と向き合ってきた東海林弘靖さんはデザインはきっと素晴らしいものをこれからもずっと作り続けるでしょう。

 

そしてこれからもいろんな出会いを通じて、照明デザインのあり方を変化し続けて下さい!

 

せばな~