2016年7月30日放送の「ろうを生きる 難聴を生きる」では「手話が認められるまで」について紹介します。

秋篠宮佳子様など皇室の方々も使っている手話ですが、全国のろう学校で長い間、手話が禁止されていた時代が日本には有りました。

 

いったいなぜ禁止されていたのでしょうか?

 

そんな手話ですが、

なぜ手話が禁止されていたの?理由は?

手話が禁止されていた歴史について

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

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手話がろう学校で禁止されていた?教育では口話法?その歴史は?

学校 手話禁止

実は1933~2011年まで言語といて認められておらず、最近になってようやく手話は日本の法律で「言語」として認められました。

そして昭和の初めからはろう学校では手話が禁止されていた時代の背景が有りました。

手話の歴史!なぜろう学校で禁止されていた?

日本の手話が誕生したのは、1878年京都に盲唖院(もうあいん)という学校からでした。

最初は手真似のようなものでしたが、先生方の援助・努力により手話が出来上がりました。

 

そして手話に教育は昭和の始めまで続きますが、その後は時代の背景により手話が教育から使われなくなりました。

口話法が手話より劣ってる?

1880年にイタリア・ミラノで開かれた第2回ろう教育者会議にて、「手話法は口話法より劣っている」と取り上げられてしまい、各国のろう学校が手話を禁止して口話法を取り入れます。

 

もちろん日本でも流れを受けて、宣教師・オーガスト・ライシャワーさんが1920年日本聾話学校を創立と合わせて欧米の口話法を取り入れた教育を始めます。

 

また当時日本は、筆談のコミュニケーションのみのろう者への偏見が大きく、雇用がされなかったようです。

 

そういったことも有り、日本の教育は口話法となり、教育の妨げになる手話は禁止されてしまいました。

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日本初!数十年かけて、手話禁止からやっと言語として認められた!

手話禁止から口話法が教育されることとなりましたが、1993年に「聴覚障がい児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議」の報告でやっと手話の必要性が認められました。

 

それまでは、ろう学校で手話は原則禁止されていたので、教育で手話はほとんど使われていませんでした。

 

そして2011年7月29日に手話は言語として法律として可決して8月5日に公布され、日本で初めて手話が言語として認める法律ができました。

 

その後は鳥取、兵庫、北海道と全国でも手話が言語であると条例を次々と可決されてきました。

学校で禁止されていた手話の歴史!口話法普及の理由で虐げられていた過去…

ろう学校の教育で虐げられていた手話でしたが、つい最近になってようやく言語として認められことに驚きです。

 

一般人から見ると「口話法」より「手話」のほうが聴覚障害者がつかっているイメージでしたが、実際の教育現場は時代の背景により口話法が使われていたんですね。

 

手話が言語と認められたことで「口話法」「手話」と聴覚障害者は言葉を学ぶ選択ができたのは嬉しいですね。

 

自分が目指す物によって言語を選択し学ぶことで、より良い教育現場になったことでしょう。

 

独自の言語で各国でも特徴がある手話ですが、これから聴覚障害者も分け隔てなくコミュニケーションを取る言語としてより多くの人に活用してもらいたいものです。

 

せばな~