2017年5月19日放送の日本テレビ「究極の○×クイズSHOW 超問!真実か?ウソか?」で出題される問題で、気になる問題がありました!

 

「明治時代の日本では『シンデレラ』は『おしん』という名前だった?」

 

日本でも有名な物語「シンデレラ」ですが、本当に明治時代の日本では「おしん」という名前だったのでしょうか?

またそんなシンデレラが伝えた人は誰で、物語の内容はどうなっているのでしょうか?

 

ということで今回は、

シンデレラは明治時代では「おしん」という名前だったの?

シンデレラを伝えた人物は誰でなぜ「おしん」とつけた?

おしんとつけられた物語の内容の違いは?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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明治時代の日本では「シンデレラ」は「おしん」?伝えた人物や内容の違いは?

実際に明治時代の日本では「シンデレラ」は「おしん物語」という名前で作られていました。

 

日本にシンデレラが伝わったのは1886年「郵便報知新聞」が発表した「新貞羅」、1887年に菅了法翻訳による「西洋古事神仙叢話」の中になる「シンデレラの奇縁」でした

 

そんな「シンデレラ」あらため「おしん物語」を作成したのは、明治の文豪である坪内逍遥さんで、1900年の明治時代に小学校の教科書に書きました。

シンデレラ おしん
(画像引用元:http://img.poptie.jp

ちなみに「おしん」という名前は「シンデレラ」と「辛抱(しんぼう)」の「辛(しん)」からとって「おしん」という名前がつけられました。

「シンデレラ」と「おしん物語」の内容の違いは?

シンデレラの内容は以下のようになっています。

  1. シンデレラは、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。
  2. あるとき、城で舞踏会が開かれ、姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがなかった。
  3. 舞踏会に行きたがるシンデレラを、不可思議な力(魔法使い、仙女、ネズミ、母親の形見の木、白鳩など)が助け、準備を整えるが、魔法は午前零時に解けるので帰ってくるようにと警告される。
  4. シンデレラは、城で王子に見初められる。
  5. 零時の鐘の音に焦ったシンデレラは階段に靴を落としてしまう。
  6. 王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。
  7. 姉2人も含め、シンデレラの落とした靴は、シンデレラ以外の誰にも合わなかった。
  8. シンデレラは王子に見出され、妃として迎えられる。

引用:シンデレラwiki

物や人物を日本風に入れ替える?

当時明治時代では「ドレス」「ガラスの靴」「魔法使い」「王子様」等と洋風な人物や物が出てきても読者がよく分かりませんでした。

シンデレラ おしん物語
(画像引用元:http://rhinoos.xyz

そのため、物や人物を日本風にアレンジして置き換えており、以下のように置き換えられていました。

 

ドレス⇒絹の着物
魔法使い⇒弁天
忘れたガラス靴⇒扇
王子様⇒華族の若殿
舞踏会⇒園遊会

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感動のシーンも和風な内容に

シンデレラの最後シーンと言えば舞踏会でガラスの靴を忘れ、王子が靴を手がかりにシンデレラを探して、サイズの合う女性を見つけて妃として迎えられものでした。

 

しかし、当時の日本では靴が一般的に広められておらず、ましてやガラスの靴が高貴なものだと理解されていませんでした。

 

また、靴としても当時は庶民の草履や下駄だと、ガラスの靴を履く高貴なものと話があわないのです。

 

そのため、「ガラスの靴」を「扇」に置き換えました。

シンデレラ 明治
(画像引用元:http://harukiti.com

扇なら持ち主なら扇の柄が分かるから、「落としたガラスの靴に合う女性を探す」から「扇の柄を当てる女性を探す」内容に変わったのです。

 

こうしてシンデレラあらため、おしんは扇の柄を当てて、見事華族の若殿と結ばれたのです。

明治時代の「シンデレラ」は「おしん」で当時の日本に合わせて和風アレンジ!

明治時代に日本に伝わったシンデレラは、最初におしん物語という題名で作られていました。

 

それだけでなく、当時の日本の一般人に合わせて和風にアレンジしていたようです。

 

こういった和風アレンジのシンデレラも今だと新鮮に感じますね~

 

みなさんも、もし機会があれば「おしん物語」を読んでみてはいかがでしょうか?

 

せばな~