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20年以上にわたって大食い番組のMCをしていましたが、勇退することを決断した中村ゆうじさん。

 

50歳過ぎてから、引退を考えており60歳が限界と考えて今回で引退することが決まりました。

45分間、決勝では60分間の試合中は絶え間なくしゃべり続ける激務ですので年齢的に限界を感じたんですね。

 

そんな中村ゆうじさんですが、今後は芝居に力を入れていくとのことですが、

中村ゆうじさんって司会以外って何をやっているの?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

俳優 パントマイムの中村ゆうじについて

中村ゆうじプロフィール

中村ゆうじ パントマイム

生年月日    1956年7月8日
出身地      福岡県小倉市(現:北九州市小倉北区)
身長       172cm
最終学歴    福岡県立小倉南高等学校卒業
芸風      パントマイム
事務所     株式会社BBE
活動時期     1975年~

実は中村ゆうじさんは、お笑い、俳優をこなしているタレントでした。

 

芸風はパントマイマーとMCとは違うことをやっていたんですね!

中村ゆうじ パントマイムを目指したきっかけ!

高校卒業後、1975年に劇団「テアトル・エコー」に入団し、1977年ロルフ・シャレさんと出会い、パントマイムの世界に興味を持ちます。

 

1987年にはパリへ単身渡航し修業に励んみました。

舞台ってみんなでやるから面白いけれど、一人でも舞台をつとめられるということが原点だと思うんです。
一人でも面白いことをやれる人が10人集まったらもっと面白いことができる。僕はそのなかの一人になりたいんです。
そして一人でも舞台をつとめられるっていうのは、芸人さんですよね。だから僕の志向は芸人になっていて。パントマイムは最適だと思っています。

だから、パントマイムをやる芸人になったんですね。

 

舞台で活躍したいという思いが、後に俳優として活きてきたのでしょうか?

パントマイムの中村ゆうじ、俳優、芸人と活躍!

中村ゆうじ 芸人

コントグループ「東京バッテリー工場」に参加し、「ザ・テレビ演芸」にて二代目グランドチャンピオンに輝きます。

その後は、本人の一人で面白いことをやりたいという思いで、脱退しピンで再挑戦し、七代目グランドチャンピオンに輝きます。

 

1985年に大竹まこと、斉木しげる、きたろう、竹中直人、いとうせいこう、加藤賢崇と名だたるタレントと結成したギャグ演劇ユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」に参加し活躍します。

 

1988年には、ファンキー・キング名義で”FUNKY KING Part.1″をリリースと歌手としても活動をします。

 

そして1992年で「中村ゆうじ」から本名の「中村有志」へ改名し、以後はテレビ番組の司会・リポーターや舞台など幅広く活動します。

パントマイム俳優 中村ゆうじ MCとして活躍!あだ名の達人!

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人気番組「TVチャンピオン」ではMCを務めてTVでも人気を獲得します。

あの中でも、中村ゆうじさんといえば

「元祖・あだ名命名の達人」

と言われてます。

中村ゆうじ 大食い番組

「さかなクン」も、高校時代に『TVチャンピオン』の「第3回全国魚通選手権」に出場した際に彼が命名したり、

「魔女菅原」「アンジェラ佐藤」「ロシアン佐藤」「ギャル曽根」「ジャイアント白田」と、

名だたる大食い選手の名前をつけてきました。

 

中村ゆうじさんの名前の付け方は、ストレート。

事前にプロフィールは見るけど、お会いした瞬間の第一印象で決めるとのことです。

パントマイム 中村ゆうじ今後は舞台、コントで鍛えた演技で俳優で活躍!

中村ゆうじさんは、大食い番組の引退後、芝居に力を入れると言っておりますが俳優としても活躍をしていました。

 

2013年には映画「100回泣くこと」に出演したりと、実は映画、ドラマにも多数出演していました。

2013年フジテレビ系ドラマ「ストロベリーナイト アフター・ザ・インビジブルレイン」でも犯人役で出演していました。

 

そんな、中村ゆうじさんは今後は、俳優として頑張っていくのでしょうか?

 

2013年に芸名をテレビ番組の司会・リポーターを活躍した際に解明した「中村有志」から「中村ゆうじ」に戻したりと、心機一転するつもりだったのかもしれません。

そして、60歳を迎える前に自身の方向性を定めたのでしょう!

 

今後の俳優、パントマイムの中村ゆうじさんの活躍に期待です。

せばな~