日本テレビ「人生が変わる1分間の深イイ話」にて出演する毬谷友子さん。

彼女の私生活はお嬢様育ちで宝塚に入団して華々しく経歴から、退団後も女優・演出家として活躍。

しかし、現在は独身生活で女優なのに髪の毛も美容院に行かずに、犬のノミ取りクシを使って自分で切ったりしているとのこと!

 

どうしてこういったのでしょうか?

しかし彼女は今の生活は幸せ度100点満点とのことです。

 

そんな幸せ一杯の毬谷友子さんですが、

色々何か抱えた過去があるの?

なんでお嬢様育ちとなかけ離れた生活が幸せなの?

どんな活動を?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

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洗脳?命に関わる病気?宝塚にで活躍した毬谷友子について!

毬谷友子プロフィール

毬谷友子 生活

本名      矢代 友子(やしろ ともこ)
生年月日    1960年3月25日
出生地     東京都港区
血液型     A型
職業      女優
ジャンル    舞台・テレビドラマ・映画
活動期間    1980年 ~
所属劇団    宝塚歌劇団(1980年 ~ 1985年)

父は劇作家の矢代静一さん、母は数々の映画に出演して活躍していた女優の間に生まれたサラブレットでした。

生活はお嬢様でした。

宝塚で活躍!エリート育ちの毬谷友子様!

1980年に卒業試験でなんと創立以来の最高点である99点を獲得して、華々しく宝塚音楽学校を首席で卒業しました。

 

宝塚劇団に66期生として入団し、入団時の成績は50人中12位でした。

 

入団後すぐに連続テレビ小説「虹を織る」でヒロインに選ばれたり、

1983年には「ブルー・ジャスミン」の新人公演で初ヒロインに抜擢されたりとわずか数年で活躍をしています。

 

その後も、舞台で華々しく活躍を果たしますが、1985年に宝塚劇団を退団して、舞台を中心に活動を始めます。

洗脳・命に関わる病気!毬谷友子、苦悩した事が転機?

退団後は1989年に舞台以外でも映画「夢二」に出演したり、

父・矢代静一が脚本を書いた一人芝居「弥々」を直談判して出演、初演からずっと演じ続けている代表作となっています。

 

舞台「天保十二年のシェイクスピア」映画「宮城野」と演じていきますが、

毬谷友子さんの知名度を上げた作品といえば昼ドラ「天国の恋」です。

この怪演が話題を呼んで「個性派女優」として活躍をしました。

 

毬谷友子さんは実力は確かで、1989年に第39回芸術選奨文部大臣新人賞大衆部門を受賞、

1992年に第27回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞、

2002年でも第57回文化庁芸術祭優秀賞(演劇部門)を受賞と実績も残しています。

 

2010年には「令嬢ジュリー」では演出も手がけたりと裏方の仕事もこなしたりと、幅広い活躍を果たしています。

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洗脳?重い病気にかかる?コレがきっかけで怪演にはしった?

毬谷友子さんは35歳の頃、家政婦さんを雇います。

 

その家政婦さんは、毬谷友子さんが母親の愛情に飢えていることを見抜き、心のスキマにつけ込まれて、母のように家政婦を思ってしまい洗脳されます。

 

家政婦さんは優しさにつけ込み、金品を盗んでいました。

 

結局家政婦は証拠を捕まえて逮捕されますが、

「心を盗むわけですよ」
「目に見えない物を盗んで、それがものすごいショックでした」
「お母さんが逮捕されたような辛さだった」

と心も盗まれ、以前洗脳で母と思ってショックを隠せませんでした。

 

さらに2011年頃に突然襲った病で、一時は命の危険性もありました。

 

しかし、命の関わる病気を機会に、生かされた自分はどう生きようか考えます。

その考えがあったから、昼ドラ「天国の恋」ではパンツが見えてもOKにしたりと、”お化け屋敷のように怖いけど楽しい存在”になりたいと怪演で活躍します。

 

「あなたは大変なときほど上手くいくのよ」

と毬谷友子の母からよく言われたそうです。

 

だから、毬谷友子さんは洗脳・重い病気にかかったつらい経験があっても、次のステップに進めると思って前向きに、今は楽しく生きているのでしょう。

洗脳・重い病気にかかったことが転機!幸せに一杯生活の毬谷友子!

毬谷友子さんが現在お嬢様育ちには似つかわしくない生活をしています。

 

しかし洗脳・重い病気と大変な事を経験してから、母の教えもあってか吹っ切れた生活をしているようです。

辛いこと・大変なことを味わえば味わうほど更にうまくいくと信じているので、辛いことがあっても幸せ一杯なのでしょう。

 

今後もいろんな経験をして更に幸せ一杯になってください!

 

せばな~