2016年に雑誌「STORY」で表紙を飾った稲沢朋子さん。

彼女はなんと、38歳から普通の主婦からモデルに進出した”遅咲きのシンデレラ”と言われて活躍をし始めます。

 

そんな、稲沢朋子さんですが、色々な苦難の道を乗り越えていたそうです。

どんな苦難の道のりがあったのでしょうか?

なぜ、モデルという道のりを歩んだのでしょうか?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。


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病気を乗り越えて!遅咲きのモデル稲沢朋子について!

稲沢朋子プロフィール

稲沢朋子 モデル

生年月日 1974年2月27日
出生地  神奈川
血液型  A型
趣味   ゴルフ、マリンスポーツ

最近では、40歳になってマラソンに挑戦したとのことです。

始めた理由は、マラソンの高橋尚子さんと出会い影響を受けたことです。

稲沢朋子モデルまでの道のり

21歳で結婚をして、22歳で長女、23歳で長男を出産をしたりと、若い頃から専業主婦として頑張っていきました。

同世代はの女友達は働き、海外旅行等の趣味を楽しむ中、稲沢朋子さんは子供の世話をしていました。

 

25歳になった時は、突如稲沢朋子さんの母親が脳内出血で倒れてしまい、介護が必要な状態となってしまいました。

子供の世話、介護、そして夫の世話を色々な重荷を背負い、その悩みも夫に打ち明けれない程の家庭状況でした。

 

その為、29歳で離婚して、自営業だった実家の経理事務で働き子供を育てていました。

 

更に不幸が続き、盲腸に悪性腫瘍が見つかり摘出、子宮頸がんの手術もしたりと体はボロボロとなります。

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稲沢朋子、病気でボロボロ!好きな仕事モデルへ

子育て、介護、離婚、病気と様々な苦悩を乗り越えて、その中でも唯一の趣味が「洋服」でした。

「若いときからそれだけは続けた。ママ友が参考にしてくれて距離が縮まったこともあった」

そして、知人のライターの紹介で「STORY」の読者モデルから始めました。

 

稲沢朋子さんが好きな事が仕事になります。

稲沢朋子好きなモデルで活躍!

しかし、最初の一年は苦労したそうでモデル経験が浅いあまり、エクステ、ネイルを知らないのにやったりしたが空回り、

「キャリアを積んだモデルには敵わないからそこは考えなくていい。素人の君にしか出せないものがある」

と自分らしく撮影をすることで、楽しめるようになったとのことです。

稲沢朋子 モデル

その後は、42歳でモデルの表紙に大抜擢されて”遅咲きのシンデレラ”という異名が付きました。

 

モデルとしては、ファッション雑誌「STORY」のレギュラーモデルとして活躍、

ヒルナンデスでモデルとして出演したりと、活躍の場を広げています。

 

現在も子どもと一緒に楽しく過ごせるのが、成長の秘訣。

モデルとしてスタイルの維持のため、インナーマッスルを始めたりと40代になっても元気があふれています。

 

苦労をして年をとった後でも輝けるんだぞ!という女性に勇気を与えてくれている稲沢朋子さん。

これからも、輝き続けてください!

 

せばな~