2017年11月2日放送の「アウト×デラックス」では、芸人の間寛平さんが引退宣言をすると苦悩を語ります。

 

いったい、なぜ間寛平さんは引退宣言をすると言ってしまったのでしょうか?

 

ということで今回は、間寛平さんがなぜ引退宣言をしたのか、その理由を調査したいと思います。


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間寛平 プロフィール

間寛平 引退
(画像引用元:https://i.ytimg.com

本名      間 重美
ニックネーム  寛平ちゃん、寛平兄さん
生年月日    1949年7月20日
出身地     高知県宿毛市
血液型     AB型
身長      164cm
事務所     よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京
活動時期    1968年~

 

1969年にすっとんトリオに弟子入りし、「温泉劇場」に入り、幕間コントに出演して修行を積んで芸人活動を始めた間寛平さん。

 

1970年にはアルバイト先の喫茶店店主の紹介により吉本興業に移籍し、研究生となって花紀京さんの付き人になります。

 

1974年に木村進さんとのコンビで24歳にして吉本新喜劇の座長に昇格します。

 

1975年には「ひらけ!チューリップ」で歌手デビューもしており、100万枚のセールスを記録し、1976年には同じタイトルの日活ロマンポルノに主演するなど活躍しています。

 

1989年からは新喜劇を退団して東京に進出し、萩本欽一に師事し、島田洋七さんと漫才コンビを結成しますが後に解散します。

 

1990年には人気クイズ番組「マジカル頭脳パワー!!」のレギュラー解答者として知名度を高めており、東京でも活躍していきます。

 

それだけでなく、趣味のマラソンでは24時間テレビチャリティーマラソンの最初のランナーであり、1998年に間寛平さんのマネージャーの発想から始まりました。

 

それからアスリートとしての活動も多く、2008年にはマラソンとヨットで世界一周する「アースマラソン」に挑戦して2011年1月には見事ゴールしています。

 

2016年7月20日には「劇団間座」を立ち上げ、若手芸人育成にも尽力しています。

間寛平が芸人引退?理由は?71歳で辞める宣言をしていた?

芸人引退の理由は?

「もう若手って凄いやん。もうアカンと、もう(芸人)辞めるわ」

2017年11月2日放送の「アウト×デラックス」で、若手の凄さにたじろぎ、芸人引退宣言をしてしまった間寛平さん。

 

間寛平さんは2017年7月20日には「劇団間座」を立ち上げ、若手芸人育成にも尽力する試みをしています。

 

この「劇団間座」では脚本がノンスタの石田明さんを中心に、吉本新喜劇やよしもと芸人を中心に構成されていますが、プロ・アマ問わず、幅広く劇団員を募集するとのことです。

 

 

そしてこの「劇団間座」にて、若手の凄さを間近で感じており、その凄さにビビっていたようです。

間寛平 引退
(画像引用元:https://i.ytimg.com

そのため、若手の凄さにたじろいで芸人引退すると弱音を吐いてしまったのかもしれませんね。

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71歳で芸人引退宣言!

実は2014年4月3日の東京学芸大学で行われた「新入生歓迎講演会」では71歳で芸人を引退する発言をしていたのです。

 

間寛平さんは今後の目標で70歳で十種競技のマスターズに挑戦して世界大会に出たいと目標を掲げました。

 

そして、その後は「木の上で1ヵ月間生活したい」と謎の宣言をしたのです。

「木の枝と枝の間に横になったり、顔も洗わないですよ? トイレもそのままします。この生活を1ヵ月やりきって、71歳で芸人を辞めます」

 

どうやら芸人として木の上で1ヵ月間生活し、これでやりきったとして71歳に芸人を辞めると宣言したのです。

 

確かに間寛平さんといえば猿のギャグを得意とし、ずっと木に登っているので、最後も猿として木に登って芸人を引退したいと考えたのでしょう。

間寛平が芸人引退の理由は若手が凄さ!71歳で木に登って辞める?

現在は若手の育成に尽力している間寛平さんですが、そこで若手の凄さを肌で感じ、芸人引退を考えてしまったようです。

 

また以前に木に登って71歳になったら引退宣言するとも言っておりました。

 

しかし、まだまだ元気で若手には負けない実力は持っていると信じていますので、これからも若手育成に尽力しながら自身も芸人として頑張っていただきたいですね!

 

せばな~