2016年9月8日放送の「アウト×デラックス」出演するエメラルド王こと早田英志さん。

 

早田英志さんはコロンビアででエメラルド・カウボーイ(=エメラルド原石屋)としてあらゆる抗争や危険・苦難を乗り越えており、そのエピソードが語れるようです。

 

そして数十億を稼いでいたのですが、今は一文無しとなったという…

一体に何が起きたのでしょうか?

 

そんなエメラルド王こと早田英志さんですが、

早田英志さんとは?

早田英志さんのコロンビアで行われた壮絶エメラルド争奪戦とは?

なぜ無一文になったの?

気になりましたので、調べて紹介したいと思います。

スポンサーリンク

エメラルド王早田英志とは?危険・苦難エピソード!なぜ現在は無一文に?理由は?

早田英志 プロフィール

エメラルド王

愛称      きのした
生年月日    1940年10月
出身地     埼玉県熊谷市
学歴      東京教育大学(筑波大学農村経済学部)卒業

 

早田英志さんは大学卒業後、渡米して外国航空会社のメカニックとして働きます。

 

その後は、コスタリカの国立大学で医学を勉強しながら、コーヒー園などを経営していました。

 

そんな時に、新聞で世界最大のエメラルド鉱山のエメラルド利権をめぐって5000人以上亡くなった戦争”緑の戦争”を知った早田英志さんは、

「まるでアメリカ開拓時代の西部劇みたいだと思った。スリル満点の世界。
そこに自己とビジネス、両面の可能性を見たわけです。
僕には先進国の複雑に組織化された社会はつまらなかった。
オリジナルな世界で自然な生き方をするのが性にあっていると思ったんです」

と決断して1974年に30歳を少し過ぎた歳で、危険地帯であるコロンビアのエメラルド鉱山周辺に住み着きます。

壮絶!エメラルド王・早田英志のコロンビア生活!

コロンビアに移り住みエメラルド・カウボーイ(=エメラルド原石屋)になった早田英志さんですが、年間5000人が抗争で命を落とすコロンビアで、いつも危険にさらされるのが日常でした。

 

仕事の相棒は15人はいましたが半分が命を落とし、早田英志さん自身も強盗・恐喝を8回遭って、娘も誘拐未遂事件も有りました。

 

規模が大きくなった時には、ゲリラの防衛の為に数十人、時には数百人を付けていました。

早田英志さんも自衛のためにピストルと片時も手放すことは無く、過去に4回も発泡したことがあります。

 

「高校時代、喧嘩に明け暮れて3回も停学処分をくらったことに象徴される“番長”だからですよ(笑)。
“番長”の根性を持ちながら、コロンビア人とハートのつきあいをしてきた。」

「成功させなきゃいけないと思っていました。
何故ならエメラルドの鉱山主はその地方の有力者なんです。
その地区一帯の人間を取りまとめて仕事の供給をするから、皆から非常に感謝され、尊敬される。
そういう部族長になろうと思っていました」

早田英志さんは高校時代”番長”でそんな番長で上に立つ人間になりたいと「成り上がり根性」が凄くここまでのし上がった来たと言っています。

 

そして他の業者に潰されない地位まで行くのに30年かかり、年商50億も稼ぐほどの地位を築きました。

なぜ年商50億から一文無し?早田英志に何が起きた?

億も稼いで順風満帆かとおもいきや突如早田英志さんに不幸が起きます。

それは2008年9月15日に起きたリーマン・ショックです。

 

リーマン・ショックによる顧客は支払いが長引く自体となりますが、自分たちを守るための警備会社による賃金支払いを延ばす事は政府により厳重に禁止されていました。

 

そのため、1年くらいは持ちましたが数億円の負債を残して倒産してしまいました。

 

他にもリーマン・ショックにより、日本へのエメラルド輸出がさらに激減して利益が出る輸出量まで届かずに赤字になったことも影響しています。

 

こうしてエメラルド王・早田英志さんは億も稼いでいたにもかかわらず、無一文になってしまったようです。

スポンサーリンク

エメラルド王・早田英志の転落人生エピソード!コロンビアで壮絶抗争!

30歳になって抗争が絶えないコロンビアに夢を抱いてい壮絶人生を送った早田英志さん。

 

まるで何かの映画のようなエピソードですね。

 

億も稼いだエメラルドですが、後のリーマン・ショックによる転落人生を送ったりと本当にすさまじい人生を送っていますね。

 

たしかにこれはアウトですわ…

 

コロンビアで壮絶人生を送ってきた早田英志さんにとって無一文になったくらいでクヨクヨしていないと思うので、今後どんな活動をしていくのか期待しています!

 

せばな~