2017年8月5日放送の「爆報!THE フライデー」では“負け組の星”と呼ばれた競走馬ハルウララは現在を紹介するようです。

 

そんなハルウララの現在はどう過ごしているのでしょうか?

また、引退は結局どのような経緯でなったのでしょうか?

 

ということで今回は、ハルウララの引退までの騒動やその後の現在を紹介したいと思います。

ハルウララの現在は馬刺し嘘!引退後は名前を隠していた?

ハルウララ プロフィール

ハルウララ 現在
(画像引用元:http://www.natukashi-mono.com

品種      サラブレッド
性別      牝
生年月日    1996年2月27日
抹消日     2006年10月1日
競走成績
生涯成績    113戦0勝
獲得賞金    112万9000円

 

ハルウララは手のかかる馬だったらしく、調教師宗石大さんが「せめて名前でも可愛く」という思いで、連続テレビ小説「天うらら」主人公、川嶋うららから「ウララ」をとって「ハル」をつけて「ハルウララ」となりました。

 

手のかかるハルウララでしたが1998年11月17日に第1競走でデビューするも、5頭立ての5着で敗れます。

 

以降も負け続けていましたが、年間15回しか出走することのできない体質でなかったので処分を検討されず、高知競馬場の預託料が日本で最安値であったため負けても長く続けれました。

 

そして、60敗目を越えたあたりから実況アナウンスにより注目を集め始め、2003年の夏に連敗が続いたハルウララが話題となります。

 

2003年12月14日の100連敗を達成したレースが行われた当日は4年ぶりに5000人を超える観客が高知競馬場に訪れました。

 

さらに2004年3月22日の106戦目のレースでは、中央競馬のトップ騎手武豊が騎乗して出走することで話題となり、高知競馬場は史上初となる入場制限を行ったり、放送した番組も高視聴率を記録しました。

 

その後も連敗を続けますが、2004年8月3日に、翌2005年3月をもって競走馬を引退させると発表しました。

引退までに馬主と調教師で対立

引退を発表したハルウララでしたが、実質的な馬主となっていた安西美穂子さんと宗石調教師との引退レースの主張の食い違いが対立し、結局は引退レースは行われなかったのです。

ハルウララ 現在
(画像引用元:https://stat.ameba.jp

ハルウララは連敗で人気となりましたが、グッズのロイヤリティーは一銭も入らないので出走料、賞金が下がって生活に困っていました。

しかし、安西美穂子さんが引退後は乗馬クラブで余生を送らせる等と言って、無償でハルウララの馬主に2004年3月になりました。

 

そんな馬主の安西美穂子さんは「引退レースのため体力づくりのために栃木に移送」、宗石調教師は「高知競馬に残して出走し続けて勝つ」と食い違って対立しました。

 

しかし、2004年9月15日に安西美穂子さんは馬運車とともに現れて、約2時間の押し問答の末に強引に移送したそうです。

 

それから栃木県黒磯市にある那須トレーニングファームへ移送されて、ハルウララを休養させてトレーニングさせようとしましたが体調が回復していなかったとのことです。

 

結局、2005年3月予定の引退レースは延期となって、レース間隔が1150日以上開いて能力検査が合格が必要と問題。

そのままレースに復帰できずに翻弄されてまま、2006年10月にハルウララは競走馬登録を抹消されて引退となりました。

引退後は転々とする

引退後は、安西美穂子さんが立ち上げた、引退競走馬の再利用促進とセラピー活動を実施するためのNPO法人「おうちへ帰ろうクラブ」で、セラピー活動に使役されました。

ハルウララ 現在
(画像引用元:http://rha.or.jp

2009年には安西美穂子さんの意向で、繁殖牝馬となるべく北海道新ひだか町の牧場に移送され、ディープインパクトとの交配計画が報道されて話題になりました。

 

ところが、種付け料が900万と高額で募金やァンドを募ってみましたが、結局はできずに長期に渡りハルウララの消息が不明となります。

現在は名前を伏せて穏やかに暮らす

様々なところ転々して消息が不明と言われたハルウララですが、2013年に千葉県御宿町にあるマーサファームにハルウララを預託しました。

ハルウララ 現在
(画像引用元:http://www.sankei.com

ところが、半年ほどすると馬主の安西美穂子さんから預託料が支払われなくなり、安西美穂子さんが牧場に姿を見せることもなくなり、最終的には馬主が所有権を放棄しマーサファームに譲渡されました。

 

そのため、預託料が支払われなくなって経営ができなくなるので殺処分も考えられましたが、マーサファームが「春うららの会」を設立し、3000円の会費を募りました。

 

そしてこの「春うららの会」の申込みが殺到して、なんとかハルウララは引き続きマーサファームで穏やかな余生を送ることができたのです。

人目を避けるように、ハルウララの名前は伏せられ、馬房には「うーちゃん」と書かれていました。

人間に翻弄されてしまったウララに穏やかな馬生を過ごさせてやりたいと、マーサファームの宮原さんから引退馬ネットに最初に相談があったのは4か月ほど前のことでした。

準備に長い時間がかかりましたが、ようやく発表できる日がやってきました。

これからもずっと、ハルウララが穏やかに暮らせるよう、応援していただければ幸いです

マーサファームに来た当初は人目を避けるように名前は伏せられ、馬房には「うーちゃん」と書かれていたハルウララ。

 

色々人間により翻弄されていったハルウララですが、やっと安住の地を見つけ、現在はゆっくり穏やかな生活を過ごしているようです。

ハルウララの現在は馬刺しは嘘!引退後は馬主から離れて安住の地へ

連敗で脚光を浴びたハルウララですが、引退レースが決まってからは馬主と調教師との対立で翻弄されました。

 

引退後も馬主に翻弄されましたが、やっと千葉のマーサファームに所有権が譲渡されて安住の地を見つけたようです。

 

今後はハルウララを知っているお客と穏やかに暮らして貰い、みなさんに元気な姿を見せて下さい。

 

せばな~